第10回 勉強しない子への接し方がわかる『「学力」の経済学』:エデュママブック
第10回 勉強しない子への接し方がわかる『「学力」の経済学』
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『「学力」の経済学』(中室牧子著)が話題を呼んでいます。子育て、教育法、受験生の対応に迷う親御さんに頼もしい指針となる内容が詰まっています。ぜひご一読を!
教育の悩みに有効なのは個人的体験?教育経済学の成果?
今話題の新刊『「学力」の経済学』を読んでみました。「学力」って経済学とはなじまないのでは?と思っていたのですが、その疑問は「はじめに」を読んで氷解。著者は、教育経済学者である中室牧子さん。また教育経済学とは、教育を経済学の理論や手法を用いて分析することを目的としている応用経済学の一分野とのこと。つまり、「どんな教育をしたら学力が上がるか」「クラス編成は習熟度別にすべきか」など、教育・子育ての課題に対して、教育現場の観察や実験を行って、そのデータに基づいて教育方法などを研究する学問です。
教育経済学者の私が信頼を寄せるのは、たった一人の個人的な体験記ではありません。個人の体験を大量に観察することによって見いだされる規則性なのです。(同書P17)
確かに巷間言われている子育てや教育のアドバイスって、どこまでホントなのだろうかと思うことがありますよね。それに、子どもを全員東大に入れた体験談を読んだところで、それが我が家にあてはまるかどうかは、実に心許ないものです。専門家個人の経験に基づくアドバイスと、大量のデータを分析して導き出された結論のどちらが参考になると思うかは、人それぞれかもしれません。ただ多くの事例を解析した研究結果なら、より多くのケースにあてはまるはず。そこに何らかのガイドラインがあれば、ぜひ知っておきたいものです。
「ご褒美」も「ほめる子育て」も、やり方がポイント
この本には、「経済学がデータを用いて明らかにしている教育や子育てにかんする発見」の多くが紹介されています。その多くが米国での大規模な研究によるものですが、日本での研究の成果、著者自身の研究成果も報告されています。
まず、「子どもをご褒美で釣ってはいけないのか?」
ご褒美=インセンティブ自体は、教育経済学的にはOKです。ただし、ご褒美にもいろいろあり、かつその与え方もさまざま。これらについて米国の研究結果が紹介されています。勉強するようにすすめるときに、「将来のためよ」というのと、勉強したらすぐにも何かのご褒美と与えるのではどちらが効果的か? また「テストの点がよければご褒美」と「1時間勉強したらご褒美」ではどちらが効果的か? さらに、ご褒美にはお金とトロフィーのどちらがよいか? 膨大な観察や実験を行って科学的に検証された結果が書いてあります。
「ご褒美をあげる」ということ自体に、道徳的に正しくないことのような印象を持たれる方もいると思いますが、結論を見るとそうでもなさそうです。というのは、正しくご褒美を与えることができれば、「勉強が楽しい」という気持ちを失わせる結果にはならないことが検証されているからです。
アウトプットにではなくインプットに、遠い将来ではなく近い将来にご褒美を与えるのが効果的(同書P41)
アウトプットとは「テストの点数」、インプットとは「勉強したこと自体」と考えてください。「テストでよい点をとったら、お誕生日にお小遣いをあげる」というかたちより、「1時間勉強したら、勉強が終わったときにお小遣いをあげる」かたちのほうがいい。つまり後者のほうが、子どもが勉強に意欲的になり、その結果成績もあがるご褒美の与え方ということになります。
また、「子どもはほめて育てるべきなのか」ですが、これについては巷間言われていることとは反対の結果が検証されています。ただし、「ほめてはいけない」のではありません。なんの根拠もなくほめるのはいけない、要はほめ方がポイントだということです。
「頭がいいのね」と「よく頑張ったわね」のどちらが効果的でしょう? つまりもともとの能力をほめたほうがいいか、それとも子どもの努力をほめたほうがいいか、ということです。正解は後者。悪い成績をとったときに、頑張りをほめられた子どもは、「努力が足りなかったからだ」と考え、2回目、3回目と粘り強く問題を解こうと挑戦を続けます。対して、能力をほめられた子どもは、悪い成績は「才能がないからだ」と思う。考えてみれば当たり前のことのようにも思えますが、研究者がどのような研究を行って得られた結論なのかが詳細に書いてあるので、ぐっと説得力があります。
さらに、「テレビやゲームの影響」「友だちの与える影響」「幼児教育の影響」や「少人数学級」「“勉強しなさい”ということの効果」などについても、米国、日本で行われたさまざまな研究の成果が、その手法とともにていねいに紹介されています。
データに裏付けられた頼もしいアドバイス
ところで、米国で教育経済学が盛んになった背景には、2001年に成立した「落ちこぼれ防止法」があるそうです。この法律によって、科学的な根拠のない教育政策には予算が下りなくなり、自治体や教育委員会が積極的に教育政策の効果を検証するようになりました。これに対して、日本では教育再生が議論に上った途端、各省の大臣など教育の専門家とはいえない人々が「私の経験によると…‥」と、自らの経験談をもとに、主観的な持論を展開しています。中室さんは、そんな現状を少しでも改善していきたいと、研究と啓蒙活動に勤しんでおられるようすです。
本書に紹介されている教育経済学による研究成果の多くは、私たちの常識感覚に照らし合わせてみたとき、それほど意外性のあるものではありませんでした。むしろ、なるほどね、やっぱりそうなんだ…という感じでした。読み終わって、昔から言われていることって本当なんだなあとも思いました。
ただ、それが専門の学者が一生懸命研究して得られた結論なんだと知ることは、とても力強いものです。親御さんが抱いている良識や一般常識をぐっと後押ししてくれるでしょう。時には方向性を微調整してくれるアドバイスにもなるはずです。
子育て、教育、受験のことで悩みが深まったとき、わらをも掴みたいと思ったとき、データに基づいた結論は、あなたを冷静に理性的に導いてくれると思います。
「学力」の経済学
中室牧子著、ディスカヴァー・トゥエンティワン刊、1600円+税
「データ」に基づき教育を経済学的な手法で分析する教育経済学は、「成功する教育・子育て」についてさまざまな貴重な知見を積み上げてきた。そしてその知見は、「教育評論家」や「子育てに成功した親」が個人の経験から述べる主観的な意見よりも、よっぽど価値がある―むしろ、「知っておかないともったいないこと」ですらあるだろう。本書は、「ゲームが子どもに与える影響」から「少人数学級の効果」まで、今まで「思い込み」で語られてきた教育の効果を、科学的根拠から解き明かした画期的な一冊である。…購入はこちらから
著者の中室牧子(なかむろ まきこ)さん
1998年慶應義塾大学卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大学で博士号を取得(Ph.D)。日本銀行や世界銀行での実務経験を経て2013年から慶應義塾大学総合政策学部教授に就任し現在に至る。専門は教育を経済学的な手法で分析する「教育経済学」。
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