読解力を培って、AIに負けない子どもを育てる方法
inter-edu’s eye
長年AIプロジェクトに携わった数学者・新井紀子さんが2018年に出版し、30万部のベストセラーとなった『AI vs 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社刊)。その続編が出版され、話題を呼んでいます。AI研究の中から生まれたRST(リーディングスキルテスト)の研究成果をもとに、AIが特に苦手とする「読解力」を身につけ、AIに負けない子どもを育てるにはどうしたらいいのか、さらに親や学校などでできる具体的な方法を提案しています。
AIが苦手とする「読解力」向上の秘訣を公開
今回取り上げる本のタイトルは『AIに負けない子どもを育てる 』(東洋経済新報社刊)。タイトルにAIと入っていますが、AIに関する記述はごくわずか。第1章に、前著で詳しく紹介された「東ロボ」プロジェクトについて触れられているだけです。
多くのページを割いて記述されているのは、「東ロボ」プロジェクトに代わって著者たちが取り組んでいるRST(リーディングスキルテスト)の研究成果です。前著『AI vs 教科書が読めない子どもたち』で著者は、「日本の中高生の読解力は危機的と言っていい状態」と記していました。「東ロボ」プロジェクトを推進する中で著者たちが考案したRSTの研究で、中高生の読解力がAI並みだということがわかったのです。このままではAIに人間が負ける。そうした警告を発する書でした。
ではどうすれば読解力、本当のリーディングスキルを培うことができるのでしょうか。前著では、「まだ確証が得られていない」という理由で、読解力UPの具体的な方法は示されていませんでした。
しかし、前著がベストセラーとなったことも手伝って、RSTの受験者数が急速に増えたことでRSTの精度と妥当性に確信を持てるようになりました。そこで、研究成果を公表すると同時に、著者が前著で発表を差し控えていたこと、つまり読解力向上の具体的な方法や、小学校、中学校で実際に行われて成果を上げている授業や取り組みについて、1冊にまとめることにしたのです。
RST(リーディングスキルテスト)とは何か
著者が持論を述べるときのベースとしているRSTとはどのようなものでしょうか。これは、「東ロボ」プロジェクトを推進する中で著者たちが考案したベンチマークです。AIにディープラーニングをさせるために膨大な量の単文を作り、それを読ませ、正確に理解できるかどうかを判定するのです。
AIの精度を上げるために、ふさわしいベンチマークを作るには、膨大な量の単文が必要となります。不特定多数の人に作成を依頼してクラウドソーシングが使われることもありますが、これだと質の確保が難しい。
そこで著者たちのチームは、人間の読解力を試せるような高品質で公平なベンチマークを作り、それを人間とAIに解いてもらって比較するというような手法が最善だと気づき、実践することにしたのです。
RSTは、「テスト」と名付けられてはいますが、知識を問うものではありません。答えは設問文に書いてあり、「事実に基づいて書かれた単文を正確に読むスキル」を次の6つの分野に分類して設計されています。
1:係り受け解析・・・・文の基本構造(主語・述語・目的語など)を把握する力
2:照応解決・・・・指示代名詞が指すものや、省略された主語や目的語を把握する力
3:同義文判定・・・・2文の意味が同一であるかどうかを正しく判定する力
4:推論・・・・小学6年生までに学校で習う基本的知識と日常生活から得られる常識を動員して文の意味を理解する力
5:イメージ固定・・・・文章を図やグラフと比べて、内容が一致しているかどうかを認識する能力
6:具体例同定・・・・言葉の定義を読んでそれと合致する具体例を認識する能力
AIを鍛えるために作られたので、人間ならば簡単に解けるがAIが苦手とする問題をできるだけ増やしたそうです。ところが、中高生に解いてもらったところ、多くの中高生も苦手だったのです。それどころか、大人にも難しい。
AIの弱点を突き、人間の優位性がどこにあるのかを調べようとしたら、人間も「読めない」ことを明らかにしてしまったのです。つまり、人間の「読む」力を判定するために、最適なツールだったのです。
そこで、自治体や企業に対してRST研究への協力を依頼。受験者数を増やしていましたが、前著がベストセラーになったことで、RSTに注目する人が急増。すでに有償版が公開されましたが、これまでにのべ18万人が受験しています。
注目の学校
RSTの結果は高校の偏差値と優位な関連がある
昨年12月、OECD(経済協力開発機構)が2018年に各国の15歳を対象に実施した国際学習到達度調査(PISA)の結果を公表しました。日本は読解力が前回の8位から15位と大きく後退したことでニュースになりましたが、RSTはこのPISAと同じ目的で作られたベンチマークです。
ただ、ベンチマークとしての信頼性はいまひとつだという話を教育に携わる人から聞くこともあります。進学塾の元講師で主に国語の文法を徹底して教えていた人がブログで語っていたのですが、その人によると「PISAは毎回の偏差が大きい。RSTのほうが質・量ともに信頼性が高い」そうです。
読解力に関して、RSTが高い信頼性を持っていることについては、著者は自信を持っています。信頼性計数を調べる手法で計測すると、高い信頼性が得られているのです。テストの一貫性を調べる手法を使っても、6つの分類は恣意的なものではなく、「各分野とも、同じタイプのスキルをきちんと測れている」と判断されるそうです。元プロの国語塾講師が評価しているのも、この部分でしょう。
高校の偏差値とRSTの正答率に高い関連性があるというデータも、興味深いものでした。第6章「リーディングスキルテストでわかること」に一覧表とともに紹介されていますが、ある県で調査をした10校あまりの高校のRSTをまとめてみると、各校の偏差値とRSTの正答率がきれいに相関しているのです。
毎年、東大を含めた旧帝大に100人以上の合格者を出している偏差値の高い高校は、当然、RSTの6分野の多くで正答率が高い。反対に偏差値が低く、近年、進学実績がじりじり下がっている高校はRSTの正答率が低いのです。明確な関連がみてとれます。
驚きなのは、RSTの正答率の内容です。進学実績の高い高校の生徒は、いわばエリート予備軍です。ほぼすべての分野で正答率が高いのですが、「具体例同定」になると、平均正答率がガクッと落ちるのです。
「エリート予備軍である高校の生徒でも、定義を読む力が十分に備わっていないことを示している」と著者は述べています。定義は必ず教科書に書いてあります。高校生にアンケートをとると、そのほとんどは「自分は教科書を読めている」と回答するそうですし、教師も「読めているはず」と考えているそうです。しかし、ほとんどの生徒が実は正確に読めていない。それは、エリート候補生といえども例外ではないのです。
読解力を向上させるためにすべきこととは
では、読解力を高めるにはどうしたらいいのか。著者はさまざまな提案を行っています。読解力とは意味を理解する力のことですから、言葉が読め、十分な語彙を覚えることは必要条件ではありますが、それだけでは無理です。「行を正確に読める」ようにするには、文の構文を理解し、「ならば」「のとき」「だけ」などの機能語と呼ばれる言葉が正確に使えるようにならないといけない。また、新たな言葉が出てきたら、その定義を覚えないといけません。
「機能語を正確に読みこなせないと、教科書を読んでもぼんやりとしか意味がわかりません」と著者。こうした子は暗記に走る傾向があるともいいます。意味を把握せず、キーワードだけをひたすら覚えるのです。AI用語で「bag og words」というそうです。AIの読み方とそっくりなので、著者は「AI読み」と呼んでいます。
小学校の中学年あたりまではそれでもテストに回答できてしまいますが、高学年以降、中学、高校と、抽象的な内容が出てくると歯が立たなくなります。AI読みでは、抽象的な概念を表した文章を正確に理解できないため、新しい知識を得ることができないのです。
こうした事態に至るのを避けるには、日常生活が大切だと著者は言います。幼児期から読み聞かせや、大人の会話に触れる機会を増やして、言葉のシャワーを浴びさせる、あるいは自然に触れて観察し、それを言葉にする機会も増やす。詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、両親ができることから小学校での授業方法まで、さまざまな案が紹介されています。
RSTの体験版も掲載されており、大人が自分の読解力を診断することもできます。試しに「AI読み」で問題を読んで15分程度で回答したところ、「具体例同定」で見事に沈没しました。じっくり読めば、これは間違えないだろうという文章が多いのですけど、適当にキーワードだけを目で追って回答すると間違えるのです。正式なテストではありませんが、自分の読解力のどこに弱点があるのか、よくわかりました。
学校の先生に読んでいただきたい内容が多いのですが、一般の大人が読んでも十分に参考になり、読解力向上のきっかけを作れそうです。自分は文章を正確に読んでいる、と思っている人ほど、読んでいただきたい本です。
『AIに負けない子どもを育てる 』
新井紀子著、東洋経済新報社刊、1,600円+税
30万部のベストセラーとなった『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』の実践編です。前著に引き続き、発売と同時にたちまち10万部を突破しました。AIが苦手とする読解力向上のため、親や学校、個人にできることを、具体的に提示。また、小学校や中学校で実際に行われ、成果を上げている授業や取り組みについても公開しました。
これまでに18万人が受検した、読解力を測る「RST」(リーディングスキルテスト)の体験版も収録。文章を正確に読めると思っている大人が体験してみると、仕事や勉強の弱点がわかるかもしれません。
新井 紀子(あらい のりこ)
国立情報学研究所教授、同社会共有知研究センター長。一般社団法人「教育のための科学研究所」代表理事・所長。
東京都出身。一橋大学法学部およびイリノイ大学数学科卒業、イリノイ大学5年一貫制大学院数学研究科単位取得退学(ABD)。東京工業大学より博士(理学)を取得。専門は数理論理学。2011年より人工知能プロジェクト「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトディレクタを務める。2016年より読解力を診断する「リーディングスキルテスト」の研究開発を主導。著書に『ハッピーになれる算数』『生き抜くための数学入門』(以上、イーストプレス)、『数学は言葉』(東京図書)『コンピュータが仕事を奪う』(日本経済新聞出版社)など。
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