第20回 『ルポ塾歴社会』が描くサピックス→鉄緑会という王道:エデュママブック
inter-edu’s eye
おおたとしまささんが新著『ルポ塾歴社会』を発表! 中学受験で難関一貫校へ、さらに東大・京大、国立医学部へと、わが子の進路を考える親御さんには、ぜひ読んでいただきたいルポルタージュです。
頭のよい子は「サピックス」から「鉄緑会」へ
教育ジャーナリストにして中学受験事情に精通しているおおたとしまささんが書いた『ルポ塾歴社会』は、90年代以降徐々に進行してきた教育現場の知られざる実態をレポートした問題提起の書です。本書には、「日本のエリート教育を牛耳る『鉄緑会』と『サピックス』の正体」というサブタイトルがついています。「牛耳る」とはどういうことでしょう。「はじめに」の一部を引用します。
たとえば、東大合格率ナンバーワンの筑波大附属駒場の中学受験合格者数に占める「サピックス小学部」出身者の率は、2015年で、7割を超えている。また大学受験の最難関である東大理Ⅲ(医学部)の合格者のうち、6割以上が鉄緑会出身者で占められている。
たった2つの塾が、この国の「頭脳」を育てているといっても過言ではない。「学歴社会」ならぬ「塾歴社会」である。(「はじめに」より)
このような現実をご存じでしたか? 驚かれた方も多いのではないでしょうか? こうなると、サピックスで一緒だった友達と、受かった学校は違っても数か月後には鉄緑会でまた一緒になるといったことも起きてきます。そして、どちらの塾も開設から20年以上経過しているので初期の生徒たちはすでにエリート社会人。日本の官僚や医師の世界に「塾友達」なる人脈さえ形成されつつあるというわけです。
おおたさんは、「このことが何を物語っているのか、この国の教育はどうなっていくのか、それを一緒に考えていきたい。」と「はじめに」に書き、第1章「サピックス~鉄緑会という王道」で全体像を示して、第2章「サピックス『一人勝ち』の理由」、第3章「鉄緑会という秘密結社」と、「塾歴社会」の現場を、さまざまな立場の人への取材とデータをつきあわせて描いていっています。受験勉強を指導する塾の方針や考え方、生徒の多くが塾へ通う名門校の話、東大関係者の話、そして当事者である生徒たちとその親、王道を歩んで東大に行き、その後エリートになった人etc.…。
成績優秀な子の「王道」は、最良の選択なのか?
東大の合格者数を見れば、「サピックス小学部」から名門校に入り、「鉄緑会」に通って東大に入るというのは、まぎれもなく成績優秀な子の「王道」です。サピックスも鉄緑会も、受講する生徒が能力を最大限に伸ばして合格するための指導法を磨き上げ、それに成功しています。そのため、私たちは成績優秀な子ならここに通うのがいちばん!と思ってしまいがちですが、本書を読めば必ずしもそうとは限らないということが見えてきます。どんなに素晴らしい塾だろうと、利用する側にはその中身を見極める必要があるということを、あらためて認識させられます。
さらにおおたさんは、本書の中で何度も表現を変えて、“こちらがいい・悪いという判断はしない”と、ご自身の姿勢を語っておられます。「サピックス小学部」も、「鉄緑会」も、また各学校・大学も、それぞれの役割を認識し、それを全うしようとしているのは事実だからです。もちろん本書に登場する頭のよい生徒や元生徒たちも、見守る親たちも、最善を尽くそうとしています。それでもなお、サピックスから鉄緑会へという「王道」ができあがった今、そのために何かが変わった、何かが失われたらしい、という風景が見えてきます。
小さな子どもを持つ親の立場からいえば、いい学校に行けば、よくない学校に行くよりずっといいに決まっている、と単純に思ってしまいがちです。塾は合格者数が多いほうがいいし学校は名門校のほうがいい、大学だって同じです。でも、それを手に入れるために子どもたちの10代はどんなふうになるのでしょう? 合格するために何をして何をしないのか? こんなふうに考えてみると、心身を形成する大事な成長期に所属する学校や塾という場の持つ影響力を考えずにはいられません。数値的な価値やブランド価値は第三者にもすぐにわかりますが、その子の内面に及ぼす数値にならない影響は、外側からはほとんど見えないのです。
そんな外側からは見えない世界を見せてくれるのが本書です。受け取り方は、読む人ひとりひとりで微妙に異なると思いますが、本書で経験者や関係者の声を聞いておく価値ははかりしれません。
今のエリートは「正解がわからない状態に対する耐性が弱い」
第4章「塾歴社会の光と闇」で、おおたさんは、「受験システムが制度疲労を起こしている」と指摘し、そのために生じているさまざまな影響について書いています。子どもに焦点を当ててみれば、「普通の子」にはきわめて辛い時代が訪れてきており、頭のよい「非凡な子」もまた、「王道」が完備したがゆえの影響を多大に受けています。
おおたさんは、本書の取材で出会った「王道」を歩んできた人に共通する特性として、あくまでも私見と断ったうえで、4つの点を挙げています。曰く、「答え」を見つけるのが得意、「そういうもんだ」と自分を納得させられる、何でも「いちばん」を目指す、そして謙虚…。そして、「正解がわからない状態に対する耐性が弱い」とも。
本書の考察は多岐に渡り、かつ慎重に言葉を選んだものなので、詳細はご自身で読んで理解していただきたいのですが、この「正解がわからない状態に対する耐性が弱い」という点ひとつをとっても、わが子がそうなったらどうだろうか? さらにこれがこの国のエリートに共通する特徴だったら?と考え始めると、決して他人事とは思えなくなると思います。
(彼らは)人生のあらゆる側面で、答えを出し続ける特性が身についている。
しかし言わずもがな、世の中にはそのときどきで、「正解」が変わってしまう「動的な問題」のほうが圧倒的に多い。「動的な問題」に対しては安易に答えを出すのではなく、向き合い続けることが肝要だ。しんどいが、問いを問いとして抱え続ける力が必要だ。(第4章より)
本書が提起しているテーマも、とても深いものです。こうすれば改善できるなどと早計に言えるものではありません。でも、やはり「しんどいが、問いを問いとして抱え続ける力が必要」なテーマだと思います。そういえば、子育てそのものも、なかなか「正解」がわからない「動的な問題」ですよね。わが子の進路にしても、この国の教育システムに対しても、私たちは、「安易に答えを出すのではなく、向き合い続けることが肝要だ。しんどいが、問いを問いとして抱え続ける力が必要」なのです。
この国に潜む深刻な問題をたんねんな取材と深い洞察力で摘出した、おおたさんの新著『ルポ塾歴社会』、ぜひ手にとって、一緒に考えていただきたいと思います。
ルポ塾歴社会 ―日本のエリート教育を牛耳る「鉄緑会」と「サピックス」の正体―
おおたとしまさ著、幻冬舎新書、800円+税
開成、筑波大付属駒場、灘、麻布など進学校の中学受験塾として圧倒的なシェアを誇る「サピックス小学部」。そして、その名門校の合格者だけが入塾を許される、秘密結社のような塾「鉄緑会」。なんと東大理IIIの合格者の6割以上が鉄緑会出身だという。いまや、この二つの塾がこの国の“頭脳”を育てていると言っても過言ではない。本書では、出身者の体験談や元講師の証言を元に、サピックス一人勝ちの理由と、鉄緑会の秘密を徹底的に解剖。学歴社会ならぬ「塾歴社会」がもたらす、その光と闇を詳らかにする。
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著者のおおたとしまささん
育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業。東京外国語大学英米語学科中退。上智大学英語学科卒業。リクルートで雑誌編集に携わり、2005年に独立。育児・教育に関する執筆・講演活動を行う。各種メディアへの寄稿、コメント掲載、出演も多数。心理カウンセラーの資格、中高の教育免許、私立小学校での教員経験もある。著書に『名門校とは何か?』(朝日新聞出版)、『追いつめる親』(毎日新聞出版)、『進学塾という選択』(日本経済新聞出版社)などの他、近く『男子御三家 なぜ一流が育つのか』(中公新書ラクレ)も刊行。
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