名門「武蔵」の生徒たちと東大合格の関係とは
inter-edu’s eye
中学受験に向けて親子で頑張っている方、わが子の教育について自問自答している方に、おすすめしたい本があります。といっても受験実用的な本ではありません。気軽に読み進めるうちに「学ぶ」とはどういうことなのか、子どもの将来にいちばん大切なことは何なのかといった、本質的なことに気づくきっかけを作ってくれる本です。
◆名門「武蔵」から見えてくる東大受験とは
中学受験に詳しい教育ジャーナリスト、おおたとしまささんの新著『名門「武蔵」で考える東大合格より大事なこと』は、タイトルにあるとおり御三家のひとつ、武蔵高等学校中学校のルポルタージュです。ですから武蔵を志望している方、御三家のいずれかを受験しよう考えている方には大いに参考になります。武蔵という学校を克明にレポートしてあるので、わが子との相性を見極めるには学校説明会以上に参考になりそうです。
しかしこの本の真価は、むしろ「東大合格より大事なこと」と題された点にこそあります。東大受験より大事なことって何? そんなものはないと信じて疑わない人は、この本を読む必要はないでしょう。しかし、ほんの少しでも何かあるかしら?と思ってしまうようならば、本書を読んで、ご自身でそれを判断してください。
著者は、「風変わりな住民が思い思いに暮らすおかしな村にさんぽに来たような気分で、軽やかに読み進めてほしい。(「はじめに」より)」と書いています。しかし読んでいくうちに、超個性的な名門校の向こう側に、今日本の10代がおかれている教育現場が見えてきて、これまで気づかなかった視点から考え始めていると思います。そしていつのまにか、いちばん大事なことは?と考えていることでしょう。
◆武蔵生の驚くべき学校生活
本書の概要をお伝えするには、各章タイトルと各章の小見出しに目を通していただくのがいいと考えました。以下の通りです。
第一章 「ひつじ」になるな「やぎ」になれ!
校内に約三〇人いる「やぎのひとたち」
きのこを見つけると成績が上がる!?
英語の時間に世界トップレベルの演劇指導
密かに裏芸に磨きをかける教員たち
第二章 目指しているのは“モヤモヤ”を残す授業
“おみやげ”が配られる中学入試問題
「結局答えは何ですか?」という子は向かない
武蔵の理科教員がSSHを敬遠する理由
「オレたち、なんでこんなことしてるんだろう?」
第三章 大学受験期に優秀生を海外で一人旅させる
校外学習はすべて現地集合・現地解散
英語圏以外へ約二カ月間の国外研修
生徒が先生に花をもたせる「接待サッカー」
修学旅行復活「プロジェクトX」
第四章 小惑星探査機「はやぶさ」を生んだ天文台
JAXAへの登龍門!? 太陽観測部
民族文化部は毎週がオタク発表会
サッカー部は都大会ベスト10
タヌキの糞を拾う日々
第五章 現実離れした極論をぶつけ合え!
「ゆとり教育」は「武蔵化計画」だった!?
僕たちが群れない理由
なぜか演説調の卒業生答辞
第六章 時が経つほどに沁みる武蔵の価値
失恋をこじらせて「人間」になった 湯浅誠さん(社会活動家・法政大学教授)
やっていることは高校時代から変わらない 國中均さん(宇宙航空研究開発機構)
ツッパる心を忘れるな! 河合祥一郎さん(東京大学教授)
ちょっと違った学校でいることに意義がある 五神真さん(東京大学総長)
人生に大きな影響を与えた武蔵の三理想 三島良直さん(東京工業大学学長)
第七章 校長は芸大出身
不純物がもつうまみ
産業界からの要請を真に受けることの罪
「わかりやすい授業」より「わくわくする授業」
変わらないために変わり続ける
いかがですか。いったい何のこと?という見出しの連続だと思いませんか。一部を少し紹介すると、第一章の「やぎのひとたち」とは、校内で二頭のやぎを飼育しながらその研究を行っている生徒と彼らを束ねる数学の先生のこと。「世界トップレベルの演劇指導」とは、世界最高峰のジュリアード音楽院出身の米国人先生が授業として英語劇を教えていること。そのレベルが高校生レベルをはるかに超えた本格的な演劇指導だということ。
著者は、武蔵出身者以外は想像もつかないような驚くべき学校生活をレポートしています。そんなことしていていいの?と思うことさえあります。しかし東京都練馬区に広大な敷地を擁すこの学校では、戦前からの伝統のもと、ごく当たり前のように営まれてきているのです。もちろん時代とともに変化してきたこともありますが、その変化もまた武蔵流なのです。
◆武蔵生の探求心と知性はどこから生まれる?
本書には、武蔵の生徒たち、校長先生をはじめとした先生方へのインタビューや座談会も多数掲載されています。第六章には、武蔵出身の錚々たる方々のインタビューものっています。彼らの言葉に共通して感じるのは、深い探求心と知性です。とりわけ圧倒されたのが、第五章に全文掲載されている卒業生の答辞。わが子がこれほどのことが言えるようになったら、もうそれだけで親は満足…ではないかと思います。ぜひ読んでみてください。
武蔵は、本物に真っ正面から取り組む姿勢を貫いている学校です。まだ子どもだからこれくらいとか、時間がないからこの程度といったところが微塵もありません。ホームページにも掲載されている「自ら調べ自ら考える」を、妥協することなく追求しています。最近何かと耳にする“とりあえず”がないのです。考えてみれば、心身が成長期にある10代に、これは何より必要なことではないでしょうか? いや武蔵生にも、ひとつだけ“とりあえず”があるのかもしれません。それは「○○を学ぶためには□□大学に行く必要がある。そのために今は“とりあえず”受験勉強を一生懸命やる」――こんな学校を、あなたはどう思いますか?
最後に著者のおおたさんが、「おわりに」に書いているメッセージを、2か所引用させていただきます。読むべき本かどうか、どうぞご自身で判断してください。
「曲がりくねった道をのんきにさんぽなどしている暇はない。東大目指して一直線、“勝ち組”になるための効率的な最短ルートを歩みたい」と言うのなら、武蔵には来ないほうがいい。武蔵に来るべき人はほかにいる。
即断即決、合理性、効率性、生産性、成果主義、スピード感のような“カッコいい”言葉に惑わされず、問いを問いとして抱え泥臭くじっくり考え続けることの大切さを、いま大人こそ、武蔵の教育から学び取るべきではないだろうか。
名門校「武蔵」で教える東大合格より大事なこと
おおたとしまさ著、集英社新書、760円+税
この学校、名門校?それとも迷門校? 塾歴社会「最後の秘境」に迫る笑撃の学校ルポルタージュ!! 校内の一等地にやぎがいる。英語の授業で図画工作。おまけに、きのこを見つけたら成績が上がる!? 時代が急速に変わりゆく中、恐ろしいほどのマイペースさで独特の教育哲学を守り続ける名門進学校がある。それが本書の舞台、私立武蔵中学高等学校だ。時に理解不能と評されることもある武蔵の教育が目指しているものとはいったい何なのか……。斬新な視点から数々の学校や塾を論じてきた気鋭の教育ジャーナリストが「学校とは何か?」「教育とは何か?」に迫る、笑撃の「学校ルポルタージュ」。…購入はこちらから
著者のおおたとしまささん
教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中学・高校卒業、東京外国語大学英米語学科中退、上智大学英語学科卒業。株式会社リクルートから独立後、数々の育児誌・教育誌の編集にかかわる。教育や育児の現場を丹念に取材し、斬新な切り口で考察する筆致に定評がある。心理カウンセラーの資格、中高の教員免許を持ち、私立小学校での教員経験もある。著書は『名門校とは何か?』(朝日新書)、『男子御三家』(中公新書ラクレ)、『ルポ塾歴社会』(幻冬舎新書)など約50冊。
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