学校教育現場のICT活用には、どんな生徒に育てたいか理念や方針が重要になる
inter-edu’s eye
OECD(経済協力開発機構)加盟国が進めているPISAと呼ばれる国際的な学習到達度調査があります。15歳の生徒に対して3年ごとに行われる調査には日本も参加。昨年12月に発表された調査結果では、読解力の低下が大きな話題となりましたが、その一方で、学校現場においてICT活用が進んでいない実情も明らかとなりました。
国では、昨年12月、学校でのPCなどの学習者用コンピューターについて一人一台体制確立や通信インフラの設備など、ICT導入・活用を進めています。そこで、子どもたちのデジタルスキルアップのためにどうすべきか、また学校現場ではどのような取り組みを目指すべきか、2015年よりiPadを授業で活用するなどICT活用に取り組む、聖徳学園学校改革本部長の品田健先生にお話をうかがいました。
スマホやタブレットの使い方を大人自身が知らなければ子どももわからない
エデュ:PISAの読解力調査では、ランキングが低下したことが大変な話題になりました。その理由として、Webサイトや投稿文、電子メールなど多様な形式のデジタルテキストを使った問題が出題され、PCの使い方だけでなく、そうした文章に触れる機会がないことも影響があるのではという声もあります。先生は学校・教育現場でのICT活用に比較的早く取り組まれていらっしゃいますが、この結果をどうご覧になりましたか。
品田先生:そうですね。ネット上から正しい資料を見つけて、それらを材料にしながら自分の考えを述べるとか普段からやっていないとできませんね。正答率も低くて当然だと思います。
PISAの結果も読解力は下がったが、数学的リテラシーや科学的リテラシーは世界トップレベルと言われています。しかしOECDだけでなく全参加国で見れば北京・上海やシンガポール、マカオにすでに抜かれています。
エデュ:学力検査と一緒に、ICTの活用状況調査も報告されました。
品田先生:PISAの調査では、学校外でのインターネットの利用時間が4時間を超えると平均得点が下がることが指摘されていますが、OECD平均と比べると日本は30分未満から4時間まで使用時間が変わっても平均得点がほとんど変わりません。勉強に使ってないから関連が低いのではないでしょうか。
OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイントより
本当に勉強に使っていないの?と思うかもしれませんが、コンピューターを使って宿題するという回答は、OECD平均22.2%ですが日本は3%。勉強のためにインターネット上のサイトを見るのは、日本は6%ですが、OECD平均では23%。では何に使っているのかというと、チャットやゲームでこれは遥かにOECDの平均を超えています。インターネットの利用時間と平均得点が関連しないのも納得です。
でもこれは子どもが悪いわけではないと思います。そもそも、スマホやiPadを持たせてもそれが学びに使えるということを教えていない。それは親自身も勉強に使うという経験がない、だから学びでどう利用するのか使い方を知らない子どもが多いからだと思います。
OECD 生徒の学習到達度調査2018年調査(PISA2018)のポイントより一部掲載
エデュ:シンガポールにはすでに抜かれているということでしたが、シンガポールや海外の他の国では、ICTを使うことが当たり前にできているということでしょうか。
品田先生:はい。私は2015年にシンガポールで行われたAppleの教育者向け研究会に初めて参加しました。桜丘でiPadを導入し、一人一台体制で授業を進めてることを評価されて参加できたと思っていましたが、他の国の先生たちからは「それは当たり前のことで、そんなことが日本ではすごいのか?」と言われてすっかり心が折れまして…。教育者だけでなく一般の方も「この国は教育に力をいれている。ICTもしっかりやっているからいずれ日本を抜く」と言う。一般の人も教育について政策や方針に理解があって自信を持っているんですね。参加した日本の先生方とショックを受け、なんとかしなければと誓い合って帰ってきました。
一人一台体制を進めるのはいいことだが、使われ方が大切に
エデュ:そういった状況を危惧してか、文科省では昨年12月に、「GIGAスクール構想の実現」として学校のICT環境の整備調達改革や、生徒児童の一人一台体制の環境整備をさらに進めるとしています。
品田先生:私もこれまで導入の相談や研修をお手伝いしていますが、一人一台体制は必要だと思います。本当にこのチャンスを逃したらなかなか進まないでしょう。ただ、これまで“なくてもいい環境”に入れるのですから、何をしたいか、何ができるかわからない状況で入れてしまうと結局、”使われないパソコンルーム”のような状態になるのではと危惧しています。
先生自身も学びにどうやって使ったらいいのか、経験がないからわからない。その中で生徒がスマホやタブレットを使うと、動画を観るのでは、ゲームをやってしまうのではと不安になってしまい、「とりあえずしまっておきなさい」となります。なぜICTを導入するのか,導入することでどんな教育をしてどんな生徒を育てたいのかという理想や方針がないと意味がありません。
エデュ:先生の学校ではどのような使い方をされているんですか。
品田先生:いわゆるドリル系のアプリはほとんど使いません。学びの成果をアウトプットするための創造性を高めるツールとして使っています。
教員から配信された教材を使ってiPadの中にノートを作成して,資料を撮影した画像を貼り付けたり,かなり自由な運用をしています。
私の授業では、外国語のレッスンムービーを作りました。しゃべりながら撮影すると字幕がつくアプリがあるんです。フランス語だったらフランス語に設定しておくと、音声がちゃんと認識されれば字幕が表示されます。発音の正しさはアプリが判定してくれるのです。個人で黙々とやるように思われるかもしれませんが,同じ言語で自然とグループを作って学んでいきます。
教科のワンポイントレッスンをテレビの天気予報のような合成動画で作成したり、定期考査の模擬問題を作ることもしています。単にアプリやサービスの使い方を覚えるのではなくて,他教科の学びにも使えることを経験してもらいます。
共有フォルダに提出するので作品はみんなにシェアされます。みんなに見られるということで単なる課題ではなくて見てもらう作品にすることを意識します。だからうちはSTEM(※)ではなくArt(芸術)も入った「STEAM」なのだとこだわっています。ちゃんと学びの)成果物がArtになるよう、そういうアウトプットができるプロジェクトを考えています。
※STEM :Science、Technology、Engineering、Mathematicsそれぞれの頭文字を取った言葉。科学・技術・工学・数学など4つの学問の教育に力を注ぎ、IT社会とグローバル社会に適応した国際競争力を持った人材を多く生み出そうとする、21世紀型の教育システムのこと。
エデュ:先生だけに見せるのではなく友だちにも見せるので、見せるためにはどうやって理解してもらえるかということまで考えますよね。
品田先生:スピーキングのテストをするよ、練習してきて先生の前で話しなさい」というよりは、「練習したら字幕つきの動画にするよ,発音のチェックはアプリがやるからね、動画はみんなでシェアするよ」となれば頑張りがいもありますよね。一発勝負のテストではなくて、何度でも撮り直してベストなテイクが使えるし、どれだけ自分ができるようになったのか動画で残ります。続ければ成長の記録にもなりますし、他の人の学びを助けることにもなるかもしれません。
注目の学校
素直すぎる生徒たち。DQを高めることは大人の責任
エデュ:IQ(知能指数)、EQ(※)の次はDQ(デジタルインテリジェンス)の時代とも言われるようになりました。ICTの活用を進めるのと同時に考えなくてはいけないのはDQの向上だと思いますが、それについて先生のお考えをお聞かせください。
※EQ =Emotional Intelligence Quotient。こころの知能指数、感情指数とも呼ばれる。自分や他人の感情どう扱うか、相手にどう対応するかなどの能力を指す言葉。
品田先生:うちの学校でもDQのスコアを出してます。DQの向上は、ICTの使い方と同様に大人が取り組む課題です。
最初にDQテストをやったときに感じたのは、子どもたちがすごく素直なんですよ。
エデュ:素直というのは?
品田先生: DQのテストには途中、ポップアップで「ここにメールアドレスを入力したらiPadが当たります」みたいなのが出てくるんです。そんなのに入力したら絶対ダメじゃないですか。でも学校でやってるだから本物かもって思っちゃうんですね。ほかにも「SNSのアカウント入力してください」と表示が出てくると、「アカウントわからないからスマホで確認していいですか」と言ってくる。なんで素直にアカウント教えちゃうの? いやいやそれはダメでしょって(笑)。
疑うことを知らないんです。学校でやっていることは安心・安全なもの。間違えていないものと信じている。学校で先生が言ったことは100%正しいわけではないし、正解が一つではない問いもあります。そういうことも踏まえて、私たちも指導していかないといけないなと思います。素直なこと自体はいいことですが、なんでも疑うことなく信じてしまって、社会に出て大変な目にあってしまわないように、本当にDQは高めていかないといけません。海が危ないから近づくなではなく、どんな海が危険なのかを教えたり、泳ぎ方を教えたりするのと一緒だと思うんです。これは大人の責任です。
安心安全に、可能な限り社会と同じような環境で、ICTを活用する
エデュ:最後になりますが、これからICTの活用は必須になるだけでなくどんどん進化していくことと思います。これからを見据えて先生は学校現場における活用はどのようになっていけばいいとお考えですか。
品田先生:世の中に出てしまえば目標や、目的を達成するためにはさまざまなツールを使いますよね。一人一台どころか一人複数台です。スマホを使ったらズルいなんてこともありません。
でもなぜか中高ではまだ一人一台にもなっていないし,使うことが何か手抜きだとかズルいことのようにさえ思われているように感じます。字を覚えるような段階ならわかりますが,高校になって小論文を学ぶような時でも手書きでがんばって書きましょうというのは、まるで修行です。大学入試の本番ではまだ手書きかもしれませんが、論理的な文章をまとめるために何度も文章を直すのであればワープロがふさわしい。ここに一段落入れたいから、ここから後ろは消して書き直しなんてしたいと思いますか? また知識を身につける方法も先生が決めたやり方を強いられることが多いです。その生徒にあった方法を選べるのが理想です。成果物を作る方法も制限がすごくある。そういう中高の環境で過ごしてきて、大学生や社会人になっていきなりICT機器やネット環境を使えるようになれというのは無理な話しだと思います。
例えばですが、会社で原稿用紙を使って仕事するのってかなり限られていますよね。そういうことを考えると、中高であっても必要に応じて、社会と同じように使える環境が必要と思っています。
エデュ:学校でも社会と同じような環境に?
品田先生:そうですね、安心安全に可能な限り自由に使えるようになればいいと思いますし、うちもそこを追求しています。
ただフィルタリングも何もなしというわけにはいかないので、使う生徒にとっても親にとっても、そして私たち教員にとっても安心して使えるように安全な環境は整備する。また先程話していたリテラシー教育についても進めつつ、可能な限り自由に使えるようにする。社会に出たときと同じような環境で使わせてあげられるといいなと思います。
一方でアナログとデジタルの使い分けも重要です。絶対にデジタルでないとダメというのは、ワープロはだめで原稿用紙を使いなさいと強制するのと同じです。場面や条件等によってデジタルとアナログとどちらが適切なのかを選べる能力と選べる環境が必要です。ネット上の資料よりも書籍が優れていることもありますし,実際に自分で見に行ったり、人に聞きに行ったりすることも大事です。選べる能力を育てるには、それを可能とする環境がなければいけません。
エデュ:教育現場でのICT活用となると学校だけのことと思いがちですが、これからデジタルツールがどんどん進化するなかで、親としてもどういうふうに子どもに使わせるかを考えていかなければいけませんね。
本日はありがとうございました。
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