一斉授業も全体カリキュラムもない! 生徒が研究に没頭するサイエンス特化型インターナショナルスクールとは?
inter-edu’s eye
2019年9月、東京・市ヶ谷に開校した「Manai Institute of Science and Technology(以下、マナイ)」。多国籍の高校生たちが自身のサイエンスプロジェクトに打ち込むという、まったく新しいスタイルの学校です。マナイの共通言語は英語で、学校の種別としてはいわゆる「インターナショナルスクール」にあたりますが、その文脈では語り切れない異色の存在です。マナイではどのような学びが展開されているのか、同校を創設した野村竜一代表にお聞きしました。(インタビュー・文/笹原風花)
人は没頭からしか学ばない。授業には学びの本質がない
東京大学を卒業後、大手企業や外資系企業を経て学習塾を始めた野村さん。その頭には常に「人はいかにして学ぶのか」という問いがありました。本質を突き詰めるべく考え続け、辿り着いたのが、「人は好きなことに没頭することからしか学ばない」ということ。背景には、野村さん自身の体験もありました。
「高校時代に数学の授業で対数を教わったのですが、そのときは何の役に立つのかわからずまったく身に付きませんでした。ところがその後、化学の実験をしてレポートを書く…という機会があり、対数の概念が必要になりました。そこで、対数でなんだっけと自分で調べて理解しようと努力しているうちに、自分のものに消化できたと腹落ちする瞬間があったんです。自分が必要だと感じて意志をもって学んだことはこんなにも身に付くんだ、というあの気付きが原体験になっています」
「人は没頭からしか学ばない。」先生が生徒に一斉に教える「授業」には学びの本質はない。そう確信を得た野村さんが、子どもたちの学びをアップデートさせたいとの思いで創設したのがマナイです。サイエンスに特化した一番の理由は、「人類の歴史はサイエンスなしには語れないから」と野村さん。「サイエンスは、何かに没頭して探究するというプロセスとの親和性が高い」とも言います。5年間の設立準備期間中にいくつかのシーズンプログラム(長期休暇を利用した2週間あまりのプログラム)を実施し、2019年9月に正式に開校しました。
自分の研究テーマに従い、外部機関と共同でプロジェクトを進める
マナイには、共通のカリキュラムも時間割もなく、一斉授業もありません。生徒は自分自身の研究テーマに従い、プロジェクトを進めていきます。そして、生徒の研究を支えるのが、大学の研究室や企業の研究・開発機関などの外部機関です。「マナイはネットワーク型の教育機関」と野村さんが言うように、「メンター」と呼ばれるマナイのスタッフがコーディネーターとなり、生徒と外の教育・研究機関とをつなぎ、学びの場を創出していきます。
またマナイへの入学の可否もこれまで、日本の学校にはない方法をとっています。いわゆる学力試験や面接などで決まるのではなく、約半年間の選考期間を経て決まります。2019年9月の開校と同時に第1期生の選考が始まり、2020年2月には各自の研究についての最終プレゼンテーションを実施。「落とすための選抜ではなく、お互いにミスマッチを防ぐためのお試し期間のようなもの。Manaiが生徒を選ぶのではなく、生徒もManaiが自分にフィットするか選ぶチャンスを得ます」と野村さんは言います。選考期間を経た生徒は、2020年4月に正式にマナイの生徒となります。
「第1期生に応募している生徒たちは日本に在住している14名。研修生としてマナイに在籍している形です。今行っている学校に通いつつ、放課後などの時間を使って、自分の研究テーマを進めています。例えば、バクテリアを使って空気中の窒素を固定するプロジェクトを進めている生徒、言語学とデータサイエンスとを掛け合わせて言語の新たな法則を見つけ出そうとしている生徒など、研究テーマは多種多様です。大学の研究室に通ったり、自宅でプロジェクトを進めたりと、どこで学ぶかもそれぞれ。マナイの市ヶ谷校舎でも多彩な分野のワークショップを開催していて、自分の研究分野であろうとなかろうと、積極的に参加しています」
マナイのスタッフも多国籍で、共通言語は英語です。英語はあくまでも研究・発表やコミュニケーションのツールであり、生徒に高いレベルを求めることはありませんが、「科学に国境はなくフィールドは世界だということを、高校生の頃から肌で感じて欲しい」と野村さんは言います。
「インターナショナルスクールとして紹介されることも多いのですが、生徒が話す言語や国籍は特に意識していません。サイエンスに興味がある、サイエンスを通して世の中にアクセスしたいと考えている、という生徒が集まっていて、結果的にインターナショナルスクールのようになっているという感じです。生徒もスタッフも個性豊かで知的好奇心が強く、自分が好きなこと、興味のあることにはとことん貪欲で、世間一般では“変わり者”とされる人が多いかもしれませんね。こんなに好きなことに没頭できる場があっていいな、自分も高校時代に欲しかったなと、個人的にとてもうらやましいです(笑)」
注目の学校
アメリカの高校の卒業資格取得も可能で、学費はタダ!
保護者として気になるのが、卒業資格や学費です。卒業資格については、マナイでは現在2つの選択肢があります。1つは、日本の高校に通いつつ放課後や休日にマナイに通う(マナイのプロジェクトに取り組む)という道、そしてもう1つは、マナイが提携するアメリカの学校の単位を取得し、アメリカの高校卒業資格を取得するという道です。「将来的にはマナイで高校の卒業資格が取得できるようにしたい」と、野村さんは考えています。
そして学費は、驚くことに無料です。企業や起業家による投資、寄付などでまかなわれており、授業料としての負担はありません。「私たちの理念にご賛同いただいた方、未来ある子どもや科学技術の発展に期待を寄せる方が投資をしてくださっている」と野村さん。
ここから未来の科学技術を率いるトップクラスの人材が生まれるという、社会からの期待の表れと言えるでしょう。
学校に留まらず、世界的なサイエンスコミュニティを形成したい
マナイでは、小中学生向けのサイエンス・フリースクール事業も行っています。「ジュニア」と呼ばれるこの部門では、学校の代わりにマナイに通う子もいれば、放課後に習い事の一環として通う子もいます。また、東京学芸大学附属世田谷小学校などでサイエンス教室を実施するなど、外部での活動も広げています。
「高校生部門はいわゆる飛び抜けた子をさらに伸ばす場ですが、一方でサイエンスに興味・関心をもつ子どもたちの裾野を広げていくことも大事だと考えています。小中学生の頃からサイエンスの世界に触れ、知的好奇心を刺激することで、何か没頭できるものを見つけるきっかけになるかもしれませんから」
最後に野村さんに、マナイが目指す生徒像と今後のビジョンを伺いました。
「生徒にどうなって欲しいかという姿は、意図的に描いていないんです。私たちにできるのは、生徒が研究するのを手助けする、世に出ていくサポートをすることまでで、その先は自分自身が切り拓いていく必要があります。周囲からの期待や環境の制約に縛られず自由なマインドを持って、自分がやりたいことをやりうる人であって欲しい。そう願っています。ビジョンとしては、マナイを、サイエンスやテクノロジーを使って社会を幸せにするという同じ思いを持った人々がつながる世界的なサイエンスコミュニティにしたい、そう考えています」
壮大な構想に向けて、最初の一歩を踏み出したマナイ。既存の学校の「当たり前」を疑い、自分たちの手で理想のかたちを実現しようと追求する姿は、日本の、そして世界の学校教育に一石を投じることになるかもしれません。
野村 竜一
Manai Institute of Science and Technology代表
1976年東京都生まれ。東京大学卒。NHK、USEN、アクセンチュアを経て、論理的思考力養成の学習教室「ロジム」を経営。さらに、「旧態依然とした教育が人の学びを阻害している。学びをアップデートさせたい」との思いから起業。2019年9月、サイエンスに特化したPBL(Projest Based Learning)型インターナショナルスクールManai Institute of Science and Technologyを開校した。
インタビュー/文・笹原風花 (ライター・編集者)
奈良県出身。京都大学文学部(考古学専修)卒業。教育系出版社で大学受験情報誌の制作に携わったのち、制作会社を経て2014年に独立。取材・執筆分野は教育や学び、子育て、ワークスタイルを中心に多岐にわたる。プライベートでは2児(7歳・4歳)の親として、我が子の子育てや教育に悩む日々を送る。エデュナビ寄稿記事「日本の教育が大きく変わる今、知っておきたい“地域留学”という選択肢(前編)」「日本の教育が大きく変わる今、 知っておきたい“地域留学”という選択肢(後編)」
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