樹木希林さんから娘・内田也哉子さんへ受け継がれた「命のバトン」(3ページ目)

苦しみを理解できなくても寄り添うことはできる

樹木さんが亡くなる2週間前、2018年9月1日のことです。入院中の病室で「今日は9月1日だね」「死なないでね、死なないでね」とつぶやいていたそうです。娘の内田也哉子さんが心配して問いかけると、「学校に行けない子どもたちが大勢、自殺してしまう日なの」と教えてくれたそうです。

「自分がまさに”死”に向かっていたからなのかな…と思います」(内田さん)。

前半のインタビュー部分では、「人は生きて、死んでいく」「人間、いつかは死ぬ」、あるいは「人の苦しみを理解することはできない」ということを何度か語っていますが、自らの死が近づいてきたことを実感したとき、18歳にも満たないような子どもの自殺はあまりにも理不尽だし、もったいないと考えたのではないか。内田さんは、そのように想像しています。

重いテーマを扱った本ですし、不登校についても、誰にでもあてはまる「こうすればいい」という解決策はありません。ただ、重い病をも乗り越えて人生を全うした樹木希林さんが発する一言一言は、どこまでも優しい。「あなたの苦しみを私は理解できないかもしれないけれど、寄り添うことはできる」と、一人ひとりに語りかけているようです。

そんな樹木さんの人間性を、内田さんと関係者との対談がより鮮明に浮かび上がらせてくれます。すべて読み終えると、「生きてさえいれば必ず立ち直れる」という力強いメッセージを受け取ることができるでしょう。今、どうしようもない生きづらさや苦しさを感じている人に、ぜひ手にとっていただきたい本です。

9月1日 母からのバトン

樹木希林 内田也哉子著、ポプラ社刊、1500円+税

9月1日 母からのバトン

2018年9月15日に75歳で亡くなった俳優の樹木希林さん。本書は、樹木さんと娘の内田也哉子さんの共著です。
前半部分には、生前、『不登校新聞』が行ったインタビュー記事の再編集と、不登校問題に取り組むNPO法人が翌年に行ったトークセッションでの発言を収録。後半部分では内田さんとさまざまな立場の4名の方との対談がおさめられています。
二学期が始まる9月1日は18歳以下の自殺が最も多い日、という現実を知った樹木さんが生とは、死とは、学校へ行くこととは、人生とは、といったテーマを、独特の語り口で語ります。それを受けて、娘の内田さんが「不登校新聞」編集長をはじめ、不登校経験者、バースセラピスト、日本文学研究者のロバート・キャンベルさんと対談。さまざまな角度から不登校こと、樹木さんが遺した言葉の真意を考えることで、不登校の現実や学校教育の現状、そして生きることについて考察しています。そして、樹木希林さんが、死の間際まで「9月1日」の現実を気にかけていたことが明らかにもなってきます。
不登校になってしまう心理や、本当に子どもにとって幸せな環境は何のか、学校や社会で学ぶ意味を考えるためにおすすめの一冊です。

著者:樹木 希林(きき きりん)さん
1943年東京生まれ。文学座の第1期生となり、テレビドラマ「七人の孫」で森繁久弥に才能を見出される。CM、テレビ、映画に幅広く出演し、様々な俳優賞を始め、紫綬褒章、旭日小綬章を受賞。61歳で乳がんにかかり、70歳の時に全身がんであることを公表した。夫でロックミュージシャンの内田裕也との間に、長女で文章家の内田也哉子がいる。2018年9月15日に逝去、享年75歳。

著者:内田 也哉子(うちだ ややこ)さん
1976年東京生まれ。文章家、音楽ユニットsighboatメンバー。夫で俳優の本木雅弘との間に2男1女をもうける。長男はモデルのUTA。著書に『ペーパームービー』(朝日出版社)、『会見記』『BROOCH』(共にリトルモア)、志村季世恵との共著に『親と子が育てられるとき』(岩波書店)。翻訳絵本に『たいせつなこと』(フレーベル館)など。連載「Blank Page」を『週刊文春WOMAN』にて寄稿中。