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投稿者: 万引き家族 (ID:2W.kos2hWpM) 投稿日時:2018年 05月 20日 13:04
カンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した是枝裕和監督も、過去2回受賞した今村昌平監督も早稲田文学部出身と言う事を思い出しました。
文学の世界でも実業の世界でも政治の世界でもマスコミ業界も、
目立つのは早慶出身者ばかりじゃないですか。
こういうと「人数が多いから」とトンマな事を言い出す方が必ずおりますが、
早慶VS旧帝に置き換えても歴然とした差があります。
どうしてこういう事になるのでしょうか?
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【5578235】 投稿者: 黒オアシス。笑 (ID:.2jT5FQnp4c) 投稿日時:2019年 09月 21日 11:32
〉ただあなたの主張が早慶の活躍の一要素に数の多さがあって、勝者の反面大量に敗者を生んでいるというのでであれば、数の多い旧帝の方が大量の敗者を生んでるということですね。
そうですよ。
だから私は「どの大学にも言える」とかなんとか補足したと思うが。
私は個人的に、早慶の就職はいいと思っているが、持ち上げ過ぎだとも思ってます。 -
【5578258】 投稿者: 例えば、ラグビーワールドカップ (ID:vQKROFC8QqY) 投稿日時:2019年 09月 21日 11:49
昨日より開幕したラグビーワールドカップ2019日本大会、全国でにわかラグビーファンも急増してるのではないでしょうか。この大会の実現にも数多くの早慶関係者が要所で関与しています。
この大会の運営、放送を担当する電通、NHK、日テレには早慶ラグビー部のOBだらけ、またその盛り上げに向けた布石の1つとなった先週放送終了のTBSドラマ「ノーサイドゲーム」。慶應出身の原作者は池井戸潤、プロデューサーは福沢諭吉の子孫の福沢克雄、彼は自ら慶應ラグビー部の後輩で元日本代表の廣瀬俊朗を呼び俳優としてもブレイク、最終回には嵐の櫻井翔まで脇役でアサインしました。ちなみにTBS社長の佐々木卓は早大学院から早大ラグビー部のOBです。
無論、極めて氷山の一角の話ですが。
以下Web記事。
https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/rugby/1556577/
ラグビー界万感の9・20――。アジア初開催のW杯日本大会がついに開幕の日を迎えた。2009年7月28日、世界が楕円球後進国を祭典の地に選んでから10年。招致のアイデアが動き始めてからは十数年が過ぎた。この間、夢の実現に走りながら、歴史的な日を待たずして旅立った関係者も少なくない。鬼籍に入りし者たちの情熱もここに結実した。
極東からのW杯招致はどのように始まり、動いていったのか。
「奥(克彦)さんが言いだしっぺ。日本でW杯ができるんじゃないかと」
7月に都内で開かれたシンポジウムでそう語ったのは、日本ラグビー協会の清宮克幸副会長。早大ラグビー部の先輩で親交の深い奥氏からその構想を聞いたのは2002年の1月だったという。
奥氏は外交官になるため中途退部し、目的をかなえると各国大使館などに勤務。ラグビーへの情熱も変わらず、英仏や南半球3か国で回るW杯を日本に呼ぶことに情熱を燃やした。早大ラグビー部に在籍した森喜朗元首相(元日本協会会長)にも熱い思いを伝えた。
W杯招致を考え、ラグビーの母国である英国に赴任を希望。在英大使館から戦後復興を図るイラクに派遣されていた03年11月、武装勢力の襲撃に倒れ45歳で殉職。大使となった奥氏をしのぶラグビー大会が日英で行われており、今年も18~23日の日程で都内で開催されている。
芽生えたアイデアは03年11月、世界にぶつけられる。W杯オーストラリア大会。当時、日本協会会長の町井徹郎氏が国際ラグビーボード(IRB=現ワールドラグビー)のシド・ミラー会長(当時、以下同)に、決勝戦の場で日本招致の意向を伝えた。
東大ラグビー部出身でレフェリーとしても活躍し、東芝の副社長にまで上り詰めた町井氏。病魔に侵された身でオーストラリアへ飛び、夢の実現に奔走していた04年10月、肺炎のため69歳で道半ばにして世を去った。
日本が立候補した11年大会は05年、IRB内の投票でニュージーランドに決まる。日本有利とみられた中での敗北を乗り越え、15年と19年の両大会をセットにした投票方式で行われた09年にイングランドとともに開催国に決定。町井氏の後を継いでいた森氏は喜びの会見で、頭に浮かんだ人物として奥氏、町井氏の名を挙げた。
1987年の第1回W杯で日本は3戦全敗。優勝したニュージーランドが来日した同年秋、0―74、4―106と蹴散らかされた。黒船襲来級のショックを受けた日本で、世界がW杯を中心に回っていくと察知し、その対応に努めたのが、91年の第2回大会でチームを率いて初勝利を挙げた宿沢広朗氏だ。
それに先立つ89年、宿沢氏は代表監督就任早々にしてスコットランドを東京で破った。当時の主力だった選手たちが16年、宿沢氏について「ラグビーの改革、プロ化を推進」「常に世界だということを掲げていた」とイベントで語っている。協会強化委員長を務め、トップリーグ創設や選手のプロ契約導入に尽力。三井住友銀行執行役員の重責も担っていた06年、趣味の登山の最中に心筋梗塞で倒れ、55歳の若さで帰らぬ人に。
91年に主将、99年に監督としてW杯を経験した「ミスターラグビー」平尾誠二氏は15年に、今大会の組織委員会事務総長特別補佐に就いた。国内開催都市が決まったときには「この大会で大成功を収めたい」と熱く語っていた。だが、その1年5か月後の16年10月、がんに侵され53歳で旅立った。
世界大会としては、09年にU―20世界選手権が日本で開催されている。これは15、19年W杯の開催地が決まる直前に行われ、招致のためにも失敗できない大会で過去最高の2倍近い10万人を動員してミラー会長から「完全な成功」と評された。
この大会でトーナメントアンバサダーを務めたのが、元日本代表SHで慶大監督として日本一にも輝いた上田昭夫氏。上田氏も闘病の末、15年に62歳で鬼籍に入った。
命をかけてラグビーの発展に尽くした人々。その情熱が世界最高の舞台を導いた。 -
【5578281】 投稿者: 高校 (ID:EV8VLdQZnf.) 投稿日時:2019年 09月 21日 12:14
池井戸潤 岐阜県立加茂高等学校
廣瀬俊朗 大阪府立北野高校
奥克彦 兵庫県立伊丹高校
清宮克幸 大阪府立茨田高校
平尾誠二 京都府立伏見工業高校 -
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【5578376】 投稿者: まさにそれ (ID:cYmOFJbJLQ2) 投稿日時:2019年 09月 21日 13:21
わざわざ塾高や学院出身者を除いてるので地方愛が強い方なのか分かりませんが、まさにこのケースの場合、なんでこの話は京大や阪大の話にならないのでしょう?
高校までは同じ地方で過ごしているはずなのに。
まさになんで早慶出身者ばかりの活躍が目立つのか? -
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【5578429】 投稿者: 致命的? (ID:HtGOG6xc6Mo) 投稿日時:2019年 09月 21日 13:58
早慶にとって、首都圏ローカルは致命的?
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【5578445】 投稿者: ていうか (ID:zdxpVSx29Bg) 投稿日時:2019年 09月 21日 14:14
個人の努力を早稲田が自分の手柄のように言ってるだけでしょう。
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【5578517】 投稿者: シンビン (ID:GZFAz8LRNbU) 投稿日時:2019年 09月 21日 15:24
早慶出身者の活躍が目立つのは否定しなくても、
そういう人材の大半は東大、京大、一橋落ちの連中だと本気で信じている輩も多いです。
その一方で早慶進学者のほとんどは専願者だ。という事を真顔で言う御仁も多いです。
面白いですな。 -
【5578585】 投稿者: 読み違い (ID:t5TphnJWAt.) 投稿日時:2019年 09月 21日 16:19
誰も手柄?を個人と大学とで取り合ってませんよ。
表題をよく読みましょう。
なんで早慶出身者ばかりが各界で活躍しているかです。
そこに因果関係がなく「たまたま」だとすれば、神様のイタズラによる天文学的な確率です。
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