最終更新:

3237
Comment

【7503612】東大は悠仁様の受け入れを表明して混乱を収束させるべき

投稿者: たかが一国立大学があ   (ID:k2vgP.ARjYI) 投稿日時:2024年 07月 08日 11:35

東大は、一刻も早く悠仁様の受け入れを表明して、混乱を収束させるべきではないですか?

返信する

管理者通知をする

マイブックマーク

  1. 【7521922】 投稿者: 失笑  (ID:MYrahHNblQE) 投稿日時:2024年 08月 18日 18:45

    *は、下の方に説明が書いてなかった?
    たいてい、"corresponding author" が誰か表示があるはずだけど。

    自然科学系の論文では、第一著者は普通、もっとも主体的に実験・観察を行なった人で、論文の文章を書いた人と違うことが多いです。第一著者が実験を行なって新規の発見やデータ集めして、最終著者が助言したり文章を書いているのなんて普通です。間に乗っている人たちは、補足的な貢献をしたとか。文系の論文とは違います。


    君、何も知らず、又、読みもせず、知ったかぶるのはやめようか。
    *は、下の方に説明が書いてなかった? って何?
    下の方に説明なんて書いてるわけ無いだろ。
    まさか、学術論文の筆頭著者に付す*印を知らない?

    で、たいてい"corresponding author" が誰か表示があるはずだけど。 って何?
    まさか、あんなにはっきりと示されているのに"corresponding author" の区別もつかない?
    清氏だよ。はっきりと載ってるよ。

    第一著者は普通、もっとも主体的に実験・観察を行なった人で、論文の文章を書いた人と違うことが多いです。って、本当に知ってての発言?
    原則的に著者の順番は論文への貢献度を表すもので、立場に伴う信用と責任を意味するもので、研究に多大な貢献をし、論文を承認、そして発表された論文に対して説明等の責任を持つことが出来る人物がファーストオーサー。
    最も左に位置付けられる名称。
    でも、悠仁くんはこれに何一つ当てはまらない。
    しかも、*が清氏の箇所に付している事で、かなりイレギュラーな並びにはなっているが、筆頭著者は清氏であることを示している。
    君のいう主体的に実験や観察を行い、多大な貢献を行ったのが悠仁くんというのなら、悠仁くんは清氏同等の知識があって学術的に分類等も行える知見があるということだが、この論文の観察期間は2012年から、つまり、悠仁くん5歳。
    常識的にそんな知見も知識もあると思う?
    ファーストオーサーとして多大な貢献が行えるほどの。

  2. 【7521939】 投稿者: ご高見に賛同する  (ID:V8n0idrpiCw) 投稿日時:2024年 08月 18日 18:58

    それと同時に、本件につき日本社会の後進性あるいは前近代性の表れととらえるか、あるいは日本の歴史・文化・社会などの特質から説明しようとするのか、二つのアプローチに大別されるものと思われる。そこで皇室自身が「開かれた皇室」を標榜するのならば、近代化・国際化が進展するにつれて、本件のような悪例は次第に消滅し、やがて西欧・北欧型の王室像に収斂(convergence)していくと考えられる。他方で、後者であれば、日本社会の近代化がいかに進展しようと日本の文化的、社会的特質が消滅してしまうことはあり得ないゆえに、程度の差はあれ今後も、本件の如く一部皇族らによる不行跡は続く(divergence)可能性がある。しかしながら、今後移民の形でニューカマ―の外国人が増え、そのかなりの部分が定着し、日本国籍を取得していったときに、日本の文化的、社会的特質が希薄化する可能性が高い。ただいずれにせよ、彼らが天皇に就いたとき、天皇制の終わりの始まりが鮮明化することは間違いなさそうである。

  3. 【7521948】 投稿者: ん?  (ID:V5tC9nxvifQ) 投稿日時:2024年 08月 18日 19:11

    もう説明する気もおこらんわ。
    このスレで好きなだけ書き散らしたらいいよ。ほなさいなら

  4. 【7521949】 投稿者: 君、  (ID:V8n0idrpiCw) 投稿日時:2024年 08月 18日 19:15

    そう言わないで、彼の反論にお答えしてはいかがかな。
    本件での重要な論点でもある。
    また、そうした理系論文特有の作法があるのなら、私もうかがいたいね。

  5. 【7522016】 投稿者: 珍しくない  (ID:UMWgUmuDJRw) 投稿日時:2024年 08月 18日 21:15

    東京大学憲章はおそらく帝国大学時代にできたものだろう。その時代なら、当時官立であった学習院との棲み分けがてきていた。学習院は皇族や華族や士族など特権階級が行く学校、帝国大学は一般人が行く学校と。
    しかしながら戦後、華族や士族は廃止され、宮家は狭ばめられて、特権階級は皇族だけなった。学習院も一般人も受け入れる普通の私立にさせられ、東京大学と棲み分けることができなくなった。
    そのような状況においても皇族の子女の教育をなし崩し的に学習院へ委託していたが、特別な優位もないのに一介の私立へ委託するのはいかがなものかと疑問視されるは当然である。
    皇族の子女は極少数なのだから、ならば東京大学に昔の学習院の役割を引き受けてもらい、皇族の子女を入学させる、という案は十分に考えられる。棲み分けができないのならば一方に片寄せてしまえばいい。昔の棲み分けいつまでも拘る必要はない。

  6. 【7522044】 投稿者: そう簡単ではない  (ID:V8n0idrpiCw) 投稿日時:2024年 08月 18日 22:03

    学習院はともかく、経験乏しい東大側は困るであろう。(以下、再掲)

    皇族らの警衛は主に皇宮警察の護衛官の任務ではないかと思われる。先に紹介した学習院中等科の現職教員によれば、ある皇族の警衛で当局は教室内での護衛官の常駐を求めてきたとのこと。しかし学校側は他の生徒への影響も考慮し、廊下での警衛で合意したという。彼らは背広の下に短銃を装着しているとも思われ、たしかに教育上芳しくはない。

    ところが、今度は警衛の舞台が「大学」となると、少し事情が異なってくる。例の「大学の自治」との関係だ。憲法学の通説ならびに最高裁の判例(『東大ポポロ事件判決』)では、学問の自由を保障した23条は大学の自治も保障すると解する。この大学の自治とは、大学が外部の勢力に干渉されることなく、学問研究および教育という本来の任務の達成に必要なことがらを自ら決定することをいう。

    大学は古今東西、学問研究の中心として重要な地位を占めてきた。それがもし外部勢力の干渉の下におかれるならば、研究者の真理探究の活動が外部勢力の価値判断により制限されてしまう。したがって、大学の自治の範囲は、教授や学長・学部長らの人事の自治のみならず、大学の施設管理および学生管理の自治にも及ぶ(同判決)。しかし、それだけに限定すべきではなく、広く学問研究および教育に関する事柄全体にそれが及ぶと解されるべきである。

    そこで問題となるのは、大学の自治と警察権との関係である。私見では、大学の自治が憲法保障されている以上、施設および学生管理につき、大学の自主的な措置は尊重されねばならない。しかしながら、(裁判官からの「令状」による場合を除き)大学が自ら処理しえない事態が惹起したときには、大学からの要請ならびに承諾を待って、当局による警察権の発動がなされるべきだ。

    では、本件のような要人の警衛の場合はどのように考えるべきであろうか。そもそも当局による警備公安活動としての学内立ち入りは、当初より大学当局の了解を予想しえないものであり、違法である。しかし、本件の場合には特殊とはいえ、学生の属性が明らかであるとの点で情報収集のための警備公安活動とは事情が異なる。それゆえ、警衛のために必要な最小限の範囲内での護衛官の学内への立ち入りは許容せざるを得ないのではあるまいか(大学当局の了解の下に)。

    他方で、上述の大学の自治が憲法で保障されたとの観点からは、懸念も否めない。皇宮警察とはいえ、国家権力にどこかで監視されているのではないかとの研究者らの心情が本来、真理追求に忠実で自由活発になされるべき学問研究のダイナミックな過程から、体制批判を手控えさせるとの委縮効果を生む恐れがあるからだ。私は国民主権主義尊重ゆえの(世襲)天皇制反対論者であり、かつアベ政権等を批判してきたとの経緯があるので、そうした心情は理解できる。

    このように、大学という高等教育の場には、小中高といった初等ならびに前後期中等教育とは異なった事情が存在する。したがって、悠仁君の合否判定を決する教授会でもそうした点につき、懸念が表明される可能性もある(合格点に達していれば、それゆえに不合格にはできまいが)。

  7. 【7522086】 投稿者: 珍しくない  (ID:wZb1zeQ5aYY) 投稿日時:2024年 08月 18日 23:54

    あと、将来天皇になる人に大学で何を身に付けてほしいかと言えば、多様な価値観や幅広い教養であって、決してトンボや蜂の知識ではない。トンボや蜂の研究はライフワークとして取り組めばいい。そうなると多様な価値観や幅広い教養を身に付けるためのリベラルアーツをしっかりと学べる東大は候補の一つになる。リベラルアーツはもはや奴隷制度からの解放のためのものではない。
    戦前は天皇に統治権があったので、帝王学や法学や政治学や経済学などを学ぶ必要があり、それゆえ学習院へ行くのが適していたが、戦後の象徴であればリベラルアーツを学ぶほうが優先度は高くなる。彼の姉たちがリベラルアーツに力を入れているICUへ行ったのも納得がいく。
    ただし、私立大学の教養系学部は文系科目に偏っている。理系科目もしっかりやる東大はその分魅力がある。

  8. 【7522097】 投稿者: 意味不明  (ID:MYrahHNblQE) 投稿日時:2024年 08月 19日 00:11

    そうなると多様な価値観や幅広い教養を身に付けるためのリベラルアーツをしっかりと学べる東大は候補の一つになる。

    講義の内容が理解出来ないであろう東大へ進んで、教養を身に付けるもへったくれもないんじゃない。

学校を探す

条件を絞り込んで探す

種別

学校名で探す