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投稿者: 私は叱りすぎかも (ID:JhlX2IB4MGU) 投稿日時:2011年 11月 23日 14:00
以前、「ほめて育てる育児」「自己肯定感を持たせる育児」というのが
流行りましたが、ほめて育てたお子さんの成人後はいかがですか。
私は小学生を育てており、励ましたりほめたりして育てる方針の方が
周りに多いのですが、職場でそういった育てられ方をして大人になった
若手社員の状況を見るにつけ、考えさせられます。
私の職場は、旧帝上位校の院卒など比較的高学歴な人が集まる職場ですが、
ここ数年、入社後1-2年程度で鬱病休職に入る人がとても増えています。
取引先で厳しくミスを指摘された(暴力ではない)、上司に能力不足を厳しく
指摘された(論理的に)ぐらいの原因しかないのですが・・・。
産業医やカウンセラーが聞き取りをした結果、鬱休職に入る若い社員は、
・自宅で叱られた経験が少なく、
・自己肯定が過ぎて周りに責任を転嫁する傾向がある、
・指摘や叱責を「虐め」とか「パワハラ」捉えがち
だとおっしゃるのですが、それは、ほめて育てることや自己肯定感を持たせる
育児の流行と因果関係があるのでしょうか。
厳しく叱ったり、時には追い詰められたりする経験を積まないと、
職場で叱責されたり、ミスを厳しく指摘された時などに対する耐性が
つかないのかと思ってしまいますが、ほめて育てる育児との両立は可能なのか、
経験者の方にお伺いしたいと思います。
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【2336522】 投稿者: まさに思ってたことです。 (ID:ODG.FS5YCHY) 投稿日時:2011年 11月 23日 16:46
私がスレ立てしたのかと思いました。
ダンナも、会社の若い子たちが弱すぎると言っています。
ちょっと厳しいことがあると(それでも自分が若いころに比べたら、全然甘いとダンナは言っています)、すぐに「うつだ」と言って休んでしまうそうです。
それなのに、同僚と飲みに行ったりはできるらしく、「それって単なるわがままじゃないのか!?」と怒ってます。
周りを見ていて、今の子供の育て方が甘すぎるんだと思います。
電車に幼稚園~小学生くらいの子供とお母さんが乗ってきて、子供に座らせるのをよく見かけます。
それどころか、座れなくて泣き叫んでいる子供に、見知らぬ人が席を譲っているのも見ました。
自分が座るのが当たり前と思う子供たちは、我慢なんて言葉は知らないでしょうね。
いじめや暴力に対しても、異常に過敏すぎます。
塾で働いているのですが、隣りの生徒に「前にも言ったよね!?」と教師が言うのを聞いた子供が、おびえて塾に行けないと母親からクレームがつきました。
自分に言われたわけでもなく、受験学年の生徒に声を荒げて指導することがあったとしても、当たり前じゃないでしょうか?
こんなことが暴言になるなんて、恐ろしい世の中です。 -
【2336548】 投稿者: クローズアップ現代 (ID:v8FSo4BNvhA) 投稿日時:2011年 11月 23日 17:21
全く同じ内容のことを、昨日のクローズアップ現代でやっていましたよ。
幼稚園や小学校低学年のときは、自分は悪くない、周りが悪い、と思うんだけど、
思春期になると、自分が悪かったり足りないこともわかってくる、
そこを乗り越えよう、変わろうと成長して行くのが普通の過程なんだけど、
小児期のまま大人になる若者が増えている、と言う話でした。
基本的に子供に自信を持たせる、自尊心を持たせると言うことはとても大事で、
ほめて育てる、と言うのはそういう面では大事だとは思うのですが、
青年期になると、自分の力の足りない部分を認識することも大切だと思います。
まあ、普通は勉強や部活、友人関係の中でそういうことを自ら経験して
成長して行くのでしょうが、そういった認識が足りない子もいるのでしょうね。
よく言われているように、子供の前にある石ころを取り除くような子育てではなく、
転んで自分で立ち上がるのをじっと見守るような子育てが大事なのかもしれませんね。 -
【2336570】 投稿者: 風潮 (ID:oXVdd7fZwtU) 投稿日時:2011年 11月 23日 17:37
最近、と言うかいつからか、学校の部活動などでも「あっさり」辞めて
しまいませんか?
アラフォーの私が中学・高校時代、部活を辞めるのはみんなが
「どうしたん?何があったん?」と大騒ぎになるほどの事でした。
けれども、今は誰かが辞めても「ふ~ん」で終り。
休みやすい、辞めやすい風潮が強すぎる感じがしています。
もちろん酷い苛めなどもありますから、精神的にものすごく追いつめられた
人が休む、辞める選択ができることは確かに救いにはなっているので、
何が何でも休んだり辞めたりしてはいけないとは思っていません。
しかしみなさん、子どもの頃からそんなに叱られ慣れてましたか?
私は学校で個人的に叱られたことは殆どなく、クラス全体に対して注意を受けた
ことくらいしかありません。
親に叱られたことは小さな事は除いて、1回か2回です。
成績が良くても特に褒められず、キープしていた成績が一度がっくり落ちた
時も叱られず、だからこそ自分で「これはまずい」と思えたのだと思います。
そんな叱られ慣れていない私でも、何事も休むことなく辞めることなく続けてきました。
私自身の育てられ方を振り返って、良かったと思うのは全て自分で決定してきたと
言うことです。
何か乗り越えなければならないことができても、全ては自分の選んだ道ですから、責任も
自分にあると思えます。
親に「もう少しこうしてほしかった」というのは、もっとろいろな選択肢を示して
欲しかったと言うことです。
あまり、メディアに左右されず、自分の生い立ちを振り返って、為になったこと
ならなかったことを思い出しながら育児するのがいいんじゃないでしょうか。
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【2336610】 投稿者: 夫の母 (ID:/H6XGB8UIj.) 投稿日時:2011年 11月 23日 18:30
義母は常々男の子は褒めて育てると良いと息子を育てる私に
言うのですが・・・
夫の兄弟を見ると自己肯定感が強すぎるように思えます。
まさに
>・自己肯定が過ぎて周りに責任を転嫁する傾向がある、
のです。
例えば、車で住宅街の細い路地を走る時普通なら徐行しますが
夫は普通にスピードを出し、人が出てくると急ブレーキを踏んで
「いきなり出てきて危ない。死にたいのか、あいつバ カだな」
と言い放ちます。
褒めて育てられたわりに、褒められた行為ではないですね。
一事が万事そんな感じです。自分だけは絶対間違っていない、
自分だけは正しいと思っているふしがあります。
夫の弟はもう30も過ぎたというのにいまだに「自分の本当に
やりたいこと」探しで、大学→留年→浪人→大学という経緯を辿り
いまだ大学生です。
褒められすぎると自信過剰になってしまうのでしょうか。 -
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【2336616】 投稿者: 解釈の間違いに気付き、最近は改善の方向 (ID:IFq7..2na0I) 投稿日時:2011年 11月 23日 18:34
「褒めて育てる」というのは、褒めるに値した事をした時には、
遠慮せず積極的に褒めましょうということだと思います。
それを、間違って解釈した保護者が、注意したり、叱ったりしてはいけないと、勘違いしてしまったのだと思います。
昔も今もそして未来も、間違ったことをした時や人に迷惑をかけたときには注意するのは当然のことです。
でも、以前は確かに悪いことをしても注意しない方は多かったですね。
また、「自己肯定感」というのは、自分を認める、自分に自身を持つということです。
それは、挫折しても、どんなに叱られても、本来なくならない強いものなのですといいますか
本物の自己肯定感がある人は、挫折や叱責には、本来強いものなのです。
それがまた、勘違いした保護者が、「自己肯定感」という言葉を都合のいい様に解釈し
自分の子供がいつも一番であるように、環境を整えるので、本物の自己肯定感が育たなかったのです。
自分の子供よりできるお子様がいると、自分のこどもがやる気を無くすからと言って
できるお子様を親子ともどもいじめのようなことをして排除する方もよく以前はみられました。
しかし、学校にもよりますが、ゆとり教育が失敗だとわかって改革がされつつある最近は
だんだん、保護者の方の意識にも変化が起こっていると思います。
完全にゆとり教育で育ったお子様は、今は、社会ではかなり辛いでしょう。
でも、自分で自覚できれば、だんだん耐性もついてくるでしょう。
また、保護者の方も、間違いに、気づいて直していけば、親子で改善できると思います。
本物の自己肯定感がある人、自分に自身がある人は、とても強いし、潰れません。
そうなるためには、小さい頃に親の愛情をしっかりと受けることが大切です。
親に愛されているという実感があるお子様は、いつも心が安定しています。
褒めて育てるというのは、本来、お子様にしっかり愛情を注ぎましょうということではないでしょうか。
お子様をほったらかしにしない、お子様から逃げない、
お子様としっかり向きあいましょうということではないかと思います。
褒めて育てることが間違っているのではなく、それを間違って解釈した保護者が間違っているということだと思います。 -
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【2336643】 投稿者: 上に同じ (ID:OMsRNSGPUQc) 投稿日時:2011年 11月 23日 19:12
褒めることや自己肯定感が悪いのではなく、必要以上に親が子供をかばう行為が問題なんだと思います。
子供社会において子供に解決させず親が口出しして解決する人が多くなったと感じます。 -
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【2336646】 投稿者: 私は叱りすぎかも (ID:JhlX2IB4MGU) 投稿日時:2011年 11月 23日 19:17
家庭で「悪いことをしたら叱る」のは当然ですが、それだけでは
不十分ではないか、と、最近思っています。
悪いことをしなかったら叱らないのだとしたら、うちの社員たち
のような優等生は、厳しく叱られないまま大人になる可能性が高いです。
職場で彼らが叱責されるのは、悪いことをした時ではなく、
顧客が求める説明が十分にできなかったり、
細部まで配慮した設計ができなかったりしたときです。
仕事ですから、悪いことをしなくても要求水準を満たさなければ、
容赦なく批判されたり叱責される可能性があります。
少なくても、及第点をクリアしただけでは、褒められることはありません。
昔であれば、手伝いをさせて手際が悪かったらどやしつける、
のが普通でしたよね。今は、手際が悪くても、手伝っただけで
ほめる親が多いのではないでしょうか。
小さい子どもなら褒めるのも良いのですが、
小学校高学年ぐらいになったら、手際が悪ければ叱る、
思慮が足りなかったり、説明の仕方が悪ければ叱る、
及第点では褒めず、及第点を遙かに上回るようなことをした場合にだけ
褒める・・・というようにして、
社会に出たときに適応できるように訓練した方がよいのでは、
と思うのです。
子どもがナイーブに育ちすぎて、せっかく就職した会社で
顧客に一度怒鳴られて帰っただけで3ヶ月も休職したあげくに退職
なんてことになったら、親として悔やみきれません。 -
【2336652】 投稿者: 極端 (ID:Jv3wsoAbg0E) 投稿日時:2011年 11月 23日 19:34
乳幼児期に起因する愛着障害の書籍では、自己肯定感を植え付けることが
どんなに大事か力説していますし、思春期の不登校、不適応の本では、
手放しに褒めることはゆがんだ自己愛を植え付けると否定的です。
思うに、いつまでも褒めてばかりではなく、
幼児期にはたっぷり愛情を注いで、思春期以降はきちんとしつけることが
必要なのではないでしょうか。