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投稿者: かりな (ID:gBOr6jJpUd.) 投稿日時:2012年 06月 22日 19:16
中学受験を意識し出し、何の問題集がいいどこの塾がいいという情報が母親の間で飛び交いますが、結局のところ生まれ持った頭の出来がほとんどを決めますよね?
小1でも小2でも、たわいない話の途中で、何を話してるのか分からなくなっているような幼い子もいれば、ただ遊んでるだけでも理屈の通った考え方をしている子もいて、気付かれにくいだけで、その位の年齢でできの良さは決まっているような気がします。
親は良い問題集や綿密な学習計画を練り、勉強に繋がる良質の体験をさせに博物館などに連れていったりして、子供の能力を開発しようとしていますが、ないものはない、あるところにはある、の世界だということは明らかな気がするのですが。
お尋ねしたいのは、それでも大して利発ではないと周りからみても明らかなのに、受験に追い立てるのはなぜでしょうか?
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【2652377】 投稿者: 有害無益 (ID:FNpdwTV3qp6) 投稿日時:2012年 08月 17日 12:10
>地頭というか、もって生まれた思考力、理解力、記憶力の差はあると思います。
↓
生まれつき「頭の悪い子」がいます,
地頭には,優劣の差があります,
ヘタをすると,かように取られかねないかと思います.
>多くの子は凡人であり、だからこそ地道な努力が大切なのです。
>地道な努力を根気よく続けられること、これも能力のうちなのでしょうけど。
>但し、分相応をわきまえる事は人格形成途上の子にとって
>もっと重要なことだと考えます。
↓
努力よりも,分相応をわきまえる事の方が,もっと重要だ,
と,仰りたいのですか. -
【2653300】 投稿者: 努力に勝る天才なし (ID:uJ5g4PnH1vg) 投稿日時:2012年 08月 18日 10:12
人は持って生まれたものの差(個人差)が必ずあるものです。それが理解力や記憶力の違いに繋がっている可能性は否定できないと思います。
具体例を申し上げましょう。
子どもが中学受験の時、どんなに勉強努力しても近づけない優秀児たち(この子達神童ですかねそれはそれは凄かった)がいた、超えられない壁を実感した事があります。これなど上記の理由でないと説明がつかないですね。わが子は人並みレベルだったんでしょう。
そこで私はこの子達とは一緒にならない、こんな人格未発達の低年齢では分相応をわきまえる事が大切で、子どもの能力開花はこれからなんだと前向きに考えました。これからも直向に努力すればいいんだと。
だからこそ、結局子どもは地頭次第なんだと考えたら思考停止になってしまうのです。だからこそ地道な努力が大切なんだと考えました。
そして大学受験では難関といわれる国立大に現役で進学出来ました。私が最も申し上げたいことは、凡人でも努力を続ける事が大切だということ、中学受験時の神童たちは更に能力が開花しているんだろうか。 -
【2653314】 投稿者: これは (ID:90ehegGLRSs) 投稿日時:2012年 08月 18日 10:32
>人は持って生まれたものの差(個人差)が必ずあるものです。それが理解力や記憶力の違いに繋がっている可能性は否定できないと思います。
>具体例を申し上げましょう。
>子どもが中学受験の時、どんなに勉強努力しても近づけない優秀児たち(この子達神童ですかねそれはそれは凄かった)がいた、超えられない壁を実感した事があります。
これは具体例にならないでしょう。
10年ほどの育て方や環境があるでしょう。10歳までに違う環境と育て方をしていたら全然違った結果だったかもしれないのでは。
生まれたときからある個人差は否定しません。 -
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【2653320】 投稿者: これは (ID:90ehegGLRSs) 投稿日時:2012年 08月 18日 10:35
さらに神童ですが、私が思う神童は全国で一学年に数人ほどの認識ですが、能力の開花という定義もどこで見るかによって難しいですね。
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【2654126】 投稿者: 有害無益 (ID:FNpdwTV3qp6) 投稿日時:2012年 08月 19日 08:50
>地頭というか、もって生まれた思考力、理解力、記憶力の差はあると思います。
>人は持って生まれたものの差(個人差)が必ずあるものです。
>それが理解力や記憶力の違いに繋がっている可能性は否定できないと思います。
理解力の違い---
思考力の違い---
記憶力の違い---
貴公は,仰りたいことは,--------------
A君は,理解も記憶も抜群に早いし,考え方はとても深く,すでに大人並,
B君は,何事も遅く,考え方も単純で,まだ幼い,
B君がどんなに努力しても,テストでA君に追いつかないと考えた場合,
この埋めようのない学力の差の理由(の一つ)は,
「学力の優劣は,地頭のそれと相関しているから」
--------------ということですよね.
しかし,これでは,
>A君とB君の地頭には,優劣の差があり,
>B君は,生まれつき,A君より,もともと頭が劣る.
ヘタをすると,このように取られかねない,
と,危惧しているわけです.
こういう解釈になってしまってもいいんですか,と.
B君や,B君の親の立場だったら,どう思うでしょうか.
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「地頭論」には,看過できない問題がある,と思えてなりません.
(ちなみに,”努力に勝る天才なし”には,全面的に同意します.) -
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【2654192】 投稿者: 零か百ではなく (ID:AAi03iYubDY) 投稿日時:2012年 08月 19日 09:46
遺伝・環境・努力、どれも関係はあるでしょうね。
目標が中学受験で考えますと
兄弟で地頭が超優秀な上の子と地頭が並(親からみれば頭が悪い)の下の子がいて、環境や育て方・本人の努力によって、揃って偏差値70以上の学校に入学することは十分ありえることと思います。
逆に、同じ素材でみた場合、環境や育て方・努力によって、地頭が超優秀な上の子が偏差値60代の学校におさまり、地頭が並の下の子は偏差値50の学校に入れないこともおこるのでしょう。
生まれる前からある力に加え、生後すぐからの環境や育て方、努力、全てが合わさっているのだと思います。 -
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【2654210】 投稿者: 有害無益; 「地頭 云々」は,差別的表現 (ID:FNpdwTV3qp6) 投稿日時:2012年 08月 19日 10:04
”地頭”という言葉に,大変,違和感があり,
本エデュのあちこちで見かけるたび,
なんかザラついた感触を,ぬぐえませんでした.
最近では,”遺伝”という言葉まで,飛び出してきましたが,(今しがたも)
その時,ストンと腑に落ちました.
「地頭 云々」は,差別的表現ではないだろうか.
本人の努力では変えようの出来ないこと,---肌の色,性別,民族,出自,,,
これらをもって,優劣をつけてはならない,---人を差別することになる.
誰もが知っている常識です.
レス主氏は,”地頭”の意味を
”産まれもったその子の頭の良さ.脳の機能の良さ”
と言っておられました.
他の方も,意味するところはほとんど同じでしょう.
”産まれもった”ものは,頭であれ,肌の色であれ,性別であれ,
本人の努力では変えようの出来ないことです.
もとから授かったものなのですから.
”地頭論”は,その”産まれもった頭”の違いを指摘します.
しかし,相違だけに留まるのでしょうか.
”優秀な地頭”を指摘することは,結局,優劣の対象として見ていることになります.
もはや,差別の臭いが漂ってきます.
”産まれもったその子の頭の良さ.脳の機能の良さ”
ならば,当然,比較の対象として,
”産まれもったその子の頭の悪さ.脳の機能の悪さ”・・・
何気なく使われている,
”地頭”という言葉の裏にある,もう一面の真の意味です.
書くだけでも,おぞましいです.
”地頭”の解釈によっては,異論もあろうかと思いますが,
少なくとも,”産まれもった”と形容される以上,
優劣を想起させるような言い方は,あきらかに差別的であり,
露骨に優劣を論ずれば,これは差別そのもの,
子供への人権侵害にさえなりかねない,と思います.
ましてや,ここは中学受験板です.
主役は,小学生たち.
こんな意味を内包している”地頭 云々”という言い方は,
その子たちにとって,百害あって一利なし,です. -
【2654214】 投稿者: 有害無益; スポイル (ID:FNpdwTV3qp6) 投稿日時:2012年 08月 19日 10:06
ここは,教育を語る場,中学受験を語る場です.
本スレッドのタイトル,
「結局、地頭次第ということですよね?」
これほど子供達をスポイルする言い方はない,と考えます.