- インターエデュPICKUP
- 最終更新:
投稿者: 失笑 (ID:UOpGQQ6Jofo) 投稿日時:2005年 07月 31日 20:11
旧聞になりますが、来年誕生する一貫校も扶桑社教科書を採用するそうですね。
なんて取り返しの付かないことを....
-
【146561】 投稿者: ホークス (ID:x6UmeJNjsMQ) 投稿日時:2005年 08月 05日 13:38
ぬるぽさん
NEETを生む原因の一つに、自虐的歴史観…とのご意見、私も賛成します。
間接的に世代をおって、繋がると思っていました。
日本人の精神性が失われているような気がします。
表面上の空虚な言葉の遊びばかりで、本質を見ることの大切さ、自分で考え、
自分の言葉で伝える事すら、取り上げてきたような気がします。
まあ、脳みそがカラカラって事かな、私たち。 -
【146564】 投稿者: 思うに (ID:WZz2WDZTXvw) 投稿日時:2005年 08月 05日 13:45
アンタ さんへ:
-------------------------------------------------------
ま、「戦争を回避するためにはどうすればいいか」という教育も重要ですが、
匿名の掲示板であるのをいいことに、見ず知らずの人間に対して、
「アンタ」呼ばわりする品のない人間にならないようにする教育も大切でしょうね。
-
【146582】 投稿者: 歴史への姿勢 (ID:v3cqLJ79sbo) 投稿日時:2005年 08月 05日 14:18
初耳さま、ホークスさま
このスレの19ページのAnimal Farmさまが書いていらっしゃった
>作る会の背後には統一教会・勝共連合がいるのは、ここにおられるナンチャッテ母さんネット
ウヨク工作員の皆様ならずとも十分ご存知ですが、知らない人はここで勉強してください。
http://www15.ocn.ne.jp/~oyakodon/kok_website/fireworks4/main_pages_sub/OUMUNOSEIRISEITON
というのを受け書きました。
どなたかが前に、真実には必ず隠された事実がある、と書いていらっしゃいましたが。
いずれ真実なら、明るみに出る事もあるのでは、と思っています。
とにかく先程書いたように、子ども時代のニクソン大統領の地元での失脚前後が思い出されますので、私はこの点に疑問を感じるわけです。
ニクソン氏のときも、「幹部が信者に大金を出させ、政治に回している」と言う事が言われていましたが、勿論マスコミは政府からの圧力かどうか、表には出て来ませんでした。
出たのはかなり後からです。
-
-
【146588】 投稿者: うーん (ID:iCiVenJZ0/Y) 投稿日時:2005年 08月 05日 14:28
表題の通り、学校行事において国旗掲揚&国歌斉唱を拒否する連中が、いわゆるつくる会教科書採択反対派なんじゃないですか?結局は。
個人的に思うに、自国の国旗掲揚で起立せず、国家を斉唱を拒否する教育者は即刻解雇すべきです。 -
-
【146589】 投稿者: ん? (ID:dENY64kCUjU) 投稿日時:2005年 08月 05日 14:19
アンタが個人で思っているから何なの?
-
-
【146596】 投稿者: 初耳 (ID:xhBwif5KGHw) 投稿日時:2005年 08月 05日 14:32
>歴史への姿勢さんへ
リンク先のページは開きましたが、そこから先はリンク切れ・・
これでは、信頼おける内容とは言いがたいですね。
本当にお読みになっての、歴史への姿勢さんのご意見なのですが?
統一協会・勝共連合 という言葉に飛びついてしまっただけではないですか? -
-
【146619】 投稿者: 歴史ファン (ID:y7/9UkozkqI) 投稿日時:2005年 08月 05日 15:23
本当に・・ さんへ
みなさん、本当に素晴らしい。
私はついていくのがやっとです\(◎o◎)/!
それでもこんな遅レスですみません。
でも、こうしたお話はなかなかできることではないので
このスレッドが中学受験という趣旨から多少外れてでも(^^ゞ
続けられるといいですね。
> 事実を伝えるというのは、原因と結果の関係のみなわけですし、
> 誰しも戦争礼賛を子供に伝えようとは思っていないのが、まず普通なのではないでしょうか。
> そうだったら何も懸念する必要がないのですが、「戦争礼賛」する人も、条件付で
「戦争礼賛」する人もいるという不安が私には常にあります。
「戦争礼賛している人」や「条件付で戦争礼賛する人」というのは、
どんな方たちのことなのでしょうか?
私自身はこれまでにそういった方々と出会ったことがないのですが。
どんな意見の方にせよ、戦争は起こしてはならないとお考えだと思いますよ。
「戦争は素晴らしいからぜひもう一度」という方が居るとすれば、
それは何かの理由で精神に異常をきたしているのではないでしょうかね。
むろん、他国の戦争を仕掛けて、たっぷりと儲けようとする武器商人などは別ですが。
日本に限って言えば、戦争礼賛などということはないと思いますが、いかがでしょう?
本当に・・ さんの不安がどこからやってくるのかが知りたいです。
> 戦争がなくても必要なことならいずれは「進歩」したかもしれません。
> > これは歴史のIfに相当しますね。
> 確かに必要なことは進歩します。しかし、戦争という究極の状況が進歩を早めるの
は事実ではないでしょうか?
> 「進歩」を早めるのは事実だと思います。
> でも個人的には早まる必要もないし早まることがいいこととも思いませんが・・・。
> 戦争とは別にしても進歩するゆえの弊害というのも同時に起こるわけですから。
「個人的には早まる必要もないし早まることがいいこととも思いませんが・・・」についてですが、
「戦争の結果として科学の進歩もあった」というのがポイントですから、
科学を進歩させるために戦争をしたわけではないこと(当たり前ですが)を考えれば、
本当に・・ さんの「早まる必要もないし・・・」というお考えは、
事実を事実として受け止めるという姿勢からはずれてしまっていると思います。
戦争を否定したいお気持ちはわかりますが、
これでは結果として起きた科学の進歩さえ否定する、
すなわち、現代の我々の生活さえ否定せざるを得なくなるのではないでしょうか?
私は「悲しいかな戦争は科学を進歩させた」という言葉を
当時、放映されていた「鉄腕アトム」でお茶の水博士が発言するのを見て
すごい衝撃を受けたので、思わず受け入れてしまったのかもしれませんが(笑)、
大人になった今、考えても、確かに事実だったんだなと思っています。
> 戦争がなかったら「進歩」がなかったなら、それはそれほど人類に必要なことでは
なかったのでしょう。
> > これは問題のポイントが違うと思います。
> 戦争という極端な状況の中でさまざまな技術が生まれた結果、
> その後いろいろなことに応用されるわけですから。
> 人類に必要だったから、その時に生まれた技術が応用されるのではないですか?
> はい。
>
> >
> 副産物はあくまで結果であって、それを強調することに反対の立場です。
> 多面性を副産物に言い替えてしまっては、結果、多面性は認めないということにな
るのでは?
> 「多面性」という言葉をいろいろな立場、角度から見たときの正義や影響という風
に捉えています。
>副産物は「もたらされたいいこと」という意味です。
> 両者は違うものと思って書きました。
> 「進歩」はそれを享受した国にとっての「副産物」です。
> 多面性とは概念が違いますでしょう?
よく言われることですが、
「物事には必ず(少なくとも)ふたつの面がある」。
これが多面性ということだと思います。
単純に言えば、ある物事において、誰かが得をした時、他方では損をした人がいるというようなことですね。
このことのポイントというのは、とくに人間界についてはすべてが「連動」しているということではないでしょうか。
科学の進歩というのも、言葉にすると「モノ」のように聞こえてしまうのかもしれませんが、
実際には「モノ」ではなく「技術」、すなわち人間の科学への理解(学習)が進化するのです。
科学が発展すれば、この恩恵を受けるのは全世界とはいわないまでも
かなり広い範囲の人々に影響がありますから
『「進歩」はそれを享受した国にとっての「副産物」』というような限定的なものではないように思えるのですが。
なによりお説に従うと、戦争によってもたらされた事実というのは
すべて副産物で、多面性(同時性)という考え方からは離れてしまうように思います。
> 便利さなど、戦争の恩恵でしょうか?思っても見ませんでした。
> 確かインターネットも元々は軍部が開発したものだと聞いたことがあります。
> 定かでなくて申し訳がないのですが、現在のような形の元を作ったのはアメリカ軍だったような…。
> どなたか詳しい方がフォローしてくださるとありがたいです。
> > なにもインターネットに限りませんが、
> 現在の我々が享受している便利な生活というのは、戦争を抜きにしては語れないと思うのです。
> もちろん、戦争を良しとしているのではないですよ。
> しかし、科学に限って考えても、そういう面は存在すると思います。
> 事実としてならそうかもしれませんね。
もちろん事実としてのみ語れることですよね。
だから戦争が良いものであるという、逆も真なりはこの場合、あり得ません。
> 戦争の恩恵がたった一つあるとすれば、それはそのあとに平和がもたらされた場合だけだと思います。
> どのように国が混乱していたとしても、通常は戦争がない状態から戦争に突入していくわけですから
> 終戦後、平和がもたらされるのが恩恵というのは、なんとなく?です。
> どのような状態を良しとしているのかがわからないので、反論するのもなんですが、
> たとえば第二次大戦後の日本は平和になったから、それはそれで良しということでしょうか?
> 戦争があったから、平和のありがたさがわかったという意味です。
> 戦争を続けていて、いまだに平和を味わえない国もあります。その意味では私たちは幸運でした。
平和も長く続くと(戦争がなかったら、と言い換えることもできますね)、そのありがたささえ忘れてしまう……。
これが人間の本性なのだと思っています。
だからこそ、清濁合わせて、ありとあらゆる事実を子供たちに語る必要があるのではないでしょうか?
さらに言えば、戦争は終わっても、戦禍に苦しむ人たちが居る。
幸いにも戦後は大発展を遂げた日本ではありますが、
ある意味では、日本人しか知らない戦禍について論じることを置き去りにしてきたように思います。
> 「普遍的な善」である「美」というのは、実際的にはどんなことなのでしょう?
> 日本に限らず、戦争という究極の場面で人間のしたことには、美しさもあり、
> また醜さもあります。同時に存在していると思いますよ。
> しかし、美点を発揮しようとして戦争をしたわけではありません。
> 戦争で人間のしたことの中に「美しい行為」があるのは否定しません。
> でもそれはその極限状況においてもそういう行動のできたその人の「美」であって、
> 「戦争の美」ではないでしょう。
ゴーマニズムさんの書き方でそのように受け取られたのかもしれませんが、
本当に・・ さんのおっしゃる「戦争の美」というのは、文脈のどこにも書かれていないように思います。
戦争(という状態)が美しいとは、誰しも考えないのではないでしょうか?
たぶん、戦争を礼賛する人々が居るのではないかという不安感から
こういったご発言になるのだろうとは思いますが、
まずほとんどあり得ない状態を想定して(たとえば戦争礼賛ですね)、
自分とは違う言葉で語る人たちに反論するというのは、あまり意味のないことかと思います。
> 戦争があったゆえにクローズアップされた人間の尊さは、戦争の普通の状態の悲惨
さと対比されるからこそドラマになるのです。
> あくまで、戦争は悲惨だということが先にあると思います。
先ではなくて同時に存在するのだと思いますよ。
人間には良い面も悪い面もあって人間で、その人間が戦争をするわけなので。
極端なことを言えば、たとえば戦争を仕掛けた張本人であっても、一般に言う悪人かどうかはまた別ですよね。
また、戦争という国家間の問題を検討しようとする時、
人間というのは概念の言葉(戦争、国家、政府などの実際には目に見えないもの)だけでは
理解に限界があると思います。
人という身近な存在から演繹していかないと、それこそ子供にはわからないのではないでしょうか?
その意味で、戦争は悲惨だという言葉は意味があるようでない言葉だと思っています。
> 下にかかれていらっしゃるような、
> 「戦争のような究極の状況下にあっても、人間らしさを失わずにいた人々の勇気を
美しいものとして・・・・・」という説明なしでは、
> 戦争に美があるという表現は、誤解を生むと思いますよ。
「戦争に美がある」と言った人が居たとして、
通常の会話というのは「ほぉ?なになに、どんな意味で使ってるのかな?」というところから始まりますよね。
その程度の発言で誤解されるというのは、
ある意味では言論が特定の状態に方向づけられているから起きるのではないでしょうか?
最近の少年事件をテーマにしたテレビの討論会で見たのですが、
ある青年が、この問題を煮詰めていった時に
「なぜ、殺してはいけないか」という問題にぶつかると発言した途端、
「そんなの当たり前!」「考えることすらおかしい」って意見で、一時、場が混乱しました。
戦争を語るにあたっても、似たような状態があるのでしょうね。
しかし、私は「なぜ殺してはいけないか」をみんなで学習するのはたいへん重要だと思っています。
「考えること自体がおかしいほど、当たり前なこと」が壊れてきているのが現実だからです。
> とくに単純な子どもにとっては危険だと思いませんか?
> あくまで教育という観点から考えています。
> 私自身は子供が4、5歳の時から、物事の多面性を叩き込んでいますので
> > 危険というお考えがピンとはきませんが、
> 戦争のような究極の状況下にあっても、人間らしさを失わずにいた人々の勇気を美
しいものとして
> > 伝えるのは、そんなに危険なことでしょうか?
> もちろん、先ほども書きましたが、美点を強調せんがために戦争をしたのではない
のですから、
> これほどまでに勇気のある素晴らしい人間たちなのに、
> なぜ戦争などという愚かな行為が起きてしまうのかという論点を、子供に教えるの
は大事だと思うのですが。
> 歴史ファンさんのご家庭のように日頃物事の多面性を教えていらっしゃるのなら、
危険ではないでしょうね。
> なぜ戦争というおろかな行為が起きてしまうのかを伝えるというご意見には全面的
に賛成です。
> 我が家には、日本国籍を持たない者もいますので、
> 常に多面的に見ることを教えないと、家族親族の中で、結果として「人間(国)の
格付け」をすることになります。
> 戦争という悲しい現実の中で、たとえ敵味方に別れた事があったとしても、
> 人間個人の本質(ある意味では美)になんら変わりはないのだという視点を持たな
いと
> > 正直、やっていけなくなると思います。
> 素晴らしいことだとおもいます。
> ご家庭に民族的偏見のない証拠ですし、
実際の生活というのは、本当に偏見に満ちています(笑)。
誰しも自分の国が大事ですし、知らないこと、慣れないことに対する人間の反応というのは
まずは自分と違うという認識「区別」で始まって、
理解しきれないことは何事も自分より下に置く、
つまり「差別」に至るまで、そう時間はかかりません。
自分という固体の中にそういった感情があることと同時に
「大好きな○○おじさん」という理屈抜きの感情もまたある。
その矛盾を呑み込んで、それが人間なんだと理解することが大事だと思ってます。
> 双方にそれぞれの「正義」があるということがお子さんは身をもって考えることが
できますね。でもそれだからこそ、身内が敵と見方に別れるような、悲しいおろかな
戦争は絶対やってはいけないことでしょう?
双方にそれぞれの事情(当時の物事の認識)はあったと。
しかし、理解に至るまでの情報や学習が制限されていた結果、
また、人類そのものの、人権その他を含めた物事の認識が今とは違っていた結果として
戦争があったという考え方ですかね、ウチの場合。
だから、「知る」ということは非常に重要で、どんな些細なこともおろそかにするなと教えています。
> もちろん、ウチが極端なケースなのはわかっていますが、
> > 戦争「も」あって現代の我々が居るわけなので、
> 子供に教える事柄から、「人間の不条理」のようなものを意図的に抜いてしまうの
はあまり賛成できないです。
> 「人間の不条理」を教える材料として確かに戦争は適していると思います。
> 過去の歴史の中の「戦争」を否定してみても始まりません。
> でも、そこから今の私たちが学び、子どもたちに伝えるべきメッセージと言うのは
なんでしょうか?
> 戦争の多面性を伝えて、「世の中にはわかっていてもどうしようもないことがある
んだよ」とおっしゃるのですか?
個人としての人間と、人間が集まって組織する国や政府といったものの違いを
まずは教えているところですね。
人間同士として触れ合える「個」という存在が、集合体になった時になぜあのような問題になるのか。
国や政府といった、ある意味では目に見えない、実体のないものをどうとらえるのか。
また、ナショナリズムとは違う意味での故国を大事に思う気持ちなどが混在している中で、
では、どのように社会とつながっていくのかを選び取って欲しいと思っています。
自分の意思に反して、国家や政府がやったというのは簡単です。
しかし、その国家や政府の根幹には「個」があるのですから
「個」としての一挙一動、なにを大事に思って生活するのかが、
戦争にまでつながっているのだと認識して行動して欲しいですよね。
実際の生活で、これをやるとまわりからは「大袈裟」とか、
「政治っぽい」とかいろいろ言われますけどね、そんなことにはめげないでもらいたいと思ってます。
> 私は、「戦争は絶対にしてはいけないことなのよ」というメッセージ以外は伝える
必要がないとさえ思っているのです。
絶対にしてはいけないことに限って、人間は手を出したがります。
とくに子供ってそうですよね。
たぶん、それが未知の領域だからなのだと思いますが。
> 過去の歴史を語るときに起きたことを否定するべきではありません。多面性を語る
のも必要です。
> でもこれから起きてほしくないことを「多面性」と共に語るって何か矛盾していま
せんか?
> 私が言わんとする意図を理解していただけたらうれしいのですが・・・・。
熟練しているからこそ語れることってありますよね。
職人さんがいい例だと思いますが、
長年、あらゆる面からそのモノや事を扱っているからこそのルールってあると思います。
たとえば、私はデスクワークが主な仕事なのですが、
その道具の使い方、しまい方(刃物もあれば、薬品もあります)には、
やはり先輩から受け継いだルールがあります。
危険を知っているからこそのやり方なんですね。
しかし、これだって頭ごなしに押し付けられれば、
「そこまでしなくたっていいじゃん」が必ず出てくると思います。
やはり「知ること」って重要だと思いますよ。
どういう危険なのかを肌で感じた時に、初めて未然に防ごうという意志が働くんじゃないですかね。
戦争の恐ろしさを肌で感じることというのは、まず非常に難しいことです。
それであるからこそ、ありとあらゆる事象を次世代に伝えることで
共感や反感を感じてもらうことから演繹していって、
この愚かさとは何だったのかにつなげていくのが大事なのではないでしょうか。
例は悪いですが、「ちびくろさんぼ」に差別的な表現があるからといって
「清」の部分だけにしてしまうこと→不条理を抜きさってしまうのには、
ある意味、子供に選択の余地を持たせない(自分なりに消化するというプロセスを排除する)方法なので
賛成できないのですが、こと戦争についても同じことが言えるんじゃないかと思っています。
清も濁もひとつのまとまりとして呑み込ませて消化させる、
これ以外に物事を正確に捉える方法ってないんじゃないでしょうか。
一生懸命、書いてるんですが、なかなかついていくのがやっとで、
ズレてるとこなどあったらごめんなさい。
でも、お話できて、とっても楽しんでます。 -
【146625】 投稿者: 歴史への姿勢 (ID:v3cqLJ79sbo) 投稿日時:2005年 08月 05日 15:42
で_んさんがお書きになった
>アメリカは例えば日本人の 能力の劣化 までは防いではくれませんよ。 内心歓迎するでしょう。
の部分には、私も賛成です。
何故なら、今アメリカは、北朝鮮の核開発問題で、駐留の重点を韓国に移しています。
今、この教科書をつかう世代が、社会に巣立つ10年後、日米関係は今のままではない可能性も充分あります。
日本経済の優位性も、恒久的なものではありません。
現在の日米関係は、小泉さんが3兆円とか、一億ドル出して、米のイラク戦争に資金を拠出しましたが、狂牛病による米農林省との安全基準の食い違いや、トヨタの好調さに反してのGMの超低迷など、友好関係が保ち続けられるには懸案が多いと思います。
何と言っても経済成長の伸びが目覚しい、北朝鮮問題にも敵に回られたら困る中国とは、アメリカは不和を避けたいわけで、日本海の石油採掘などで日中に摩擦が大きくなった場合、日本側にいつまでもついてくれるでしょうか?
これからのアメリカのアジアでの関心の焦点は、米中韓になるでしょう。
>ブッシュ?世はそのブレーンにも統一協会(統一教会)信者をかかえていると報じられています。
日本の教育の劣化をもし狙うとしたら、アメリカではブレーンにも信者がいる、まだ現大統領とつながりがある統一協会に、決して今までの教科書より難易度は高くない、件の教科書をサポートさせることは出来るでしょうね。
いつもブッシュ大統領は、ブレーンが作ったシナリオ(長期スパン)に従って行動していると言われます。
横レスで申し訳ないですが、ぬるぽさんが他の方に
>あなたの意見としては戦争を回避したいのですね
それなら一番簡単なのは核武装することです
と書いていらっしゃいますが、アメリカは日本が核を作るのに必要な日数まで、オンタイムで(その都度)把握しています。
もしアジアでの日本の核武装にアメリカが難色を示す(これは最悪ですが、思い上がり国家になった日本を今の北朝鮮代わりに言論でも武力ででも攻撃する事になる)場合、どんな手段が取られるのか、今の日本人には想像がつかないものと思います。
オリンピックのメダルの数がいつもに無く多いのも、思い上がらせるのに貢献していると思うのは、私の勘ぐり過ぎでしょうか?
現在のページ: 37 / 98