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投稿者: 都内区部 (ID:QFM/.bBMLxc) 投稿日時:2020年 03月 23日 00:22
我が家は、とにかく公立中が嫌で中学受験をさせました。
理不尽な内申点、授業のレベルの低さ、生徒同士の過剰な同調圧力等、自分自身がウンザリしましたので、子供は絶対私立と考えていました。大人になっても、中学が公立で良かったことなどありません。幸い、息子は最難関の一つに合格したのですが、そのことよりは、公立中に行かせずに済むことの方がうれしかったです。
とにかく公立中が嫌という方、どんなところが嫌か、お考えをお聞かせ願えますか。
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【5868420】 投稿者: 県内屈指の名門公立中学出身者 (ID:Gi4XW.kNHss) 投稿日時:2020年 05月 06日 18:08
真面目女子に関しては一貫校から医師がベターで、その力がなければ公務員かと。家に金が腐るほどあれば外国大学から外資っ手てもあるけど。
ただ、そもそも地方公立中出身者女子は自宅女子と比較して民間の総合職就職で圧倒的に不利。都銀商社の総合職は自宅組ばっかり。ほぼ唯一の例外はみかか。
女性総合職は誰かの有名な言葉だけど「うまくお尻を触られながら」上に行く能力が求めらるらしいから(ここで伝聞なのは自分が男性のため究極的には理解不能なことによる)。 -
【5868426】 投稿者: 県内屈指の名門公立中学出身者 (ID:Gi4XW.kNHss) 投稿日時:2020年 05月 06日 18:13
>東大も女子は希少価値でチヤホヤされるから
東大女子がもてないってのは都市伝説か個人の資質でしょうね。
東大女子も東工大女子も実際奪い合いになるくらいにはもてる。
ただ、一橋女子はかなり微妙(本当に頭のいい女が好きな男はローとか司法修習とかで東大女子をゲットするし、下位互換の津田も近所にある)。
ただ、絶望的にもてないだろうのが阪大文系女子(あくまでも個人の見解と体験です)。 -
【5868438】 投稿者: 仰る通り (ID:jr6.hSAoHjE) 投稿日時:2020年 05月 06日 18:28
仰る通り、親や祖父が地方出身大物政治家の子や孫が、東京育ちなのに地方の地盤を引き継ごうとすることは問題ありますね。安倍晋三はずっと成蹊。山口県は旅行先でしょうね。山口の公立高校出身者を選びたくはないのかな?地方有権者のお気持ちや如何?
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【5868445】 投稿者: 県内屈指の名門公立中学出身者 (ID:Gi4XW.kNHss) 投稿日時:2020年 05月 06日 18:37
都立全盛時代の小石川受験のために岩手の公立中を中退wした小沢一郎も、地元公立中高出身の弁護士に比例復活を許しているので、青森以外もかなりうんざりしているところはあるのでしょうなぁ。
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【5868467】 投稿者: 公立推しは無能力 (ID:qA4U7BkzZTU) 投稿日時:2020年 05月 06日 19:05
この気色悪い無知無能は「人事」。
東大にも一流企業にも官庁にも無縁。コンプレックスのみ。 -
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【5868491】 投稿者: しょうもない (ID:ny/a5ddHvMM) 投稿日時:2020年 05月 06日 19:36
またまた~、話盛りすぎ。
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【5868497】 投稿者: 棲み分け (ID:IDfRqlwwup.) 投稿日時:2020年 05月 06日 19:44
勉強が出来すぎて虐められた俺からすると、勉強できないはまさに誉め言葉。ありがとね。
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【5868508】 投稿者: スレ主 (ID:6j8efDlaS6M) 投稿日時:2020年 05月 06日 20:04
新たに参加された皆様のために、公立中に関するこれまでの議論の整理を統合の上で再掲します。このところ、政治家の出身校や地方の国立大付属中が地方公立トップ校との関係で指摘されていますが、この論点は、後ほど整理して追記します。
1.教育内容に関する公立中と私立・国立中高一貫校の比較
公立中には、様々な学力階層の生徒に授業を行うという構造上の問題があり、授業は上位層には物足りず、下位層には難しく、大学進学を念頭におけば効率的・効果的なものではないということについては反論の余地が無い。しかし、成績上位層は高校受験塾に通うことにより、学力を十分補うことができ、大学進学について必ずしも不利にはならないとの指摘が一部にある一方で、公立中の価値の低い授業が上位層にとっては時間の浪費であるし、公立中の3年間にわたって学力をさらに伸ばす機会を逃し続けるのは問題であるとする有力な意見がある。
公立中のカリキュラムの進度が遅く、高校のカリキュラムが詰め込みになっていて、高校における大学受験準備に困難を来している旨、教育専門家から広く指摘されている。この点、確かに、私立中高一貫校が中学の学習指導要領の内容を早期に終了し、高校の内容に早期に着手するカリキュラムとしていることは、大学受験に有利であることには合理的根拠がある。この点に関し、公立中から公立トップ高に進んで大学受験に臨む場合でも、高校時代にしっかり勉強し、適切な塾にも通えば、大学受験には十分間に合うのであって、特段の不利益は無いという主張も一部にある。しかし、中高6年間に部活動や短期留学等の様々な経験し、幅広い教養を学ぶ余裕をもって大学受験に臨む観点や、大学受験に余裕をもって臨む観点からは、私立中高一貫校に優位があるとの反論がある。
全般に、私立中高一貫校の教育内容の優位性認めざるを得ないとの認識が太宗である。
2. 教育環境の比較
都内区部の公立中では、学力上位層や富裕層の大部分が私立等に抜けた状態であり、生徒の学力及び家庭の経済力の観点で中位層に偏った状態であるという点で、一般に言われているのと逆に多様性が欠如しており、同級生の保護者の活躍等の良い参考事例が少ないことで、高い目標を失ってしまうことの懸念が示されている。これに対し、公立中では、経済困窮家庭の子女や学力低位層が存在するため、公立中に通うことで、社会の全体像の理解や弱者への配慮を涵養することができるとの指摘があった。他方、こうした弱者への配慮や社会の全体像の把握は、私立中高一貫校で学力を磨いた上で行う方が効果的であるとの指摘もあった。
いずれの指摘も完全には否定しがたい部分があり、それぞれ公立中の教育の側面を示す指摘であると考えられる。即ち、公立中では、生徒の成績等の上位方向での多様性に乏しく、勉強で高い目標を持ちにくく、多様で傑出したロールモデルを身近に見出し難いという特性を持ち、この点は不利な教育環境となるが、学力や経済力の弱者と多く接し、社会の中層や底辺に対する理解を高める意義はは認められ、この点は人間教育上有意義である。
3. 内申点・理不尽・シゴキ・同調圧力の問題
公立中においては、公立高校への進学に大きく影響する内申点に制度の構造に由来する不透明性があり、特に教師の資質に問題が顕著で基準が不明確になりがちな副教科において問題が大きいとの指摘がされた。また、内申点との関係で、教師の前での勉強を上手くやったふりをし、ゴマスリをできれば良く、学業成績評価のあり方として問題であり、教育上不適切であるとの指摘もあった。これに対し、そうした理不尽への適応は、日本社会の実態を踏まえれば、うまく社会で生き抜き出世するためには必要な鍛錬であり、日本社会で巧みに生き抜く観点からは公立中の利点であるとする強い反論がなされた。公立中の体育教師や運動部によるシゴキや他の様々な理不尽についても、日本社会がパワハラが横行し、理不尽が多いものであることからすれば、内申点の枠組みと同様に必要な鍛錬であり、将来にプラスであると主張された。
これに対し、中学生という精神的に幼い段階でその様な理不尽やゴマスリを覚えるのは人格形成上健全ではなく、その段階では知力、教養、発想力等を伸ばすべく学習すべきであり、その様な理不尽への鍛錬はより精神的に成長した段階で行えばよいとの反論があった。また、その様な理不尽により、知的素質がある生徒が多く転落しており、人材が失われているとの指摘もなされた。
また、公立中においては、日本社会に一般的に存在する同調圧力が特に強く、成績下位層や中位層からの同調圧力により、知的素質がある生徒がかなり学力を低下させているという事実が報告された。この様な同調圧力について、その様な圧力を感じる者は、公立中で虐められた者であるとの主張もあったが、同調圧力を否定する論拠は無かった。結局、公立中においては、生徒が個性や学力を伸ばすのを抑制する方向に強い同調圧力が働いていることを否定する根拠はなかった。
これらの諸論点に対する立場については、日本社会における無能な追従者の出世、パワハラの横行等の様々な理不尽が存在することについて、自分自身がそれに適応し、出世して社会的に成功することに重きを置き、そのためのシゴキや理不尽による鍛錬の場として公立中を評価するのか、社会の変化と進歩に貢献できる知性を磨くために優れた高度な教育を行う私立中高一貫校を志向するかという違いがあると考察される。
即ち、公立中志向と私立中高一貫校志向の間には、基本的な価値観に大きな違いがあると認められたのである。
4. 素質論
中学校や高校における教育内容にかかわらず、もともとの地頭等の素質がある生徒は、難関大学に進学できるのであり、公立中の教育カリキュラムが私立中高一貫校よりも劣ったものであるとしても、特段影響は無いという主張がなされた。これに対し、公立中では、上記のとおり、同調圧力により素質あると思われる生徒が多数成績を低下させているという強い反論があった。
教育カリキュラムの質と量において劣位することは明確であり、私立中高一貫校の選択肢が現実的なものとして存在する東京圏において、都立高校と私立中高一貫校の間で大学進学実績に大きな開きがあるものの、素質を明確に測定することが困難であることから、素質論の妥当性については判断困難である。
5. 女生徒へのセクハラ問題
公立中では、地域の生徒の質を反映し、あまり治安が良くないことがあり、特に女生徒は、社会ルールを守らない一部男子生徒によるセクハラやレイプ紛いの行為の対象となる恐れがある。
6. 中位を志向した学力標準化の背景
公立中では、学力最下層の生徒を受け入れるための存在であるという構造やまた教員のレベルの低い資質のため、基本的に学力や知力の高い生徒への学習指導を適切に行うことはできないが、大部分の父兄や生徒は、学力中位層に合わせた学力の標準化を志向しており、現状は全体としての生徒側のニーズと、学校側の都合が合致した状態にあり、改善の見込みはない。
7. 公立中における人格・品性の悪化
公立中で、学力や知性に優れた生徒が品格と知性に問題のある多くの同級生に揉まれて育つと、下品でねじ曲がった気の強い性格になり、他人の足を引っ張ったりすることが得意になる。私立国立中高一貫校出身者は、公立出身者より純粋で善意に満ちた人が多いが、公立中出身者の嫌らしい攻撃には弱い様である。
8. 公立出身であるいことによる異性への魅力の低下
公立中出身者の大部分は、育ちの良い女子には相手にされることはないが、地元の公立中出身者の中だけで交際相手を求めれば、それなりにモテることも出来る。公立中出身の女性は、私立中高一貫校の生徒は運動音痴のメガネ君とバカにした様なことも言うが、実際にそうした学校出身の男性が現れると、交際したがる。
9. 狭く短調な世界観の中での部活動
公立中の生徒や卒業生は、私立中高一貫校の生徒は勉強ばかりで、クラブ活動などを一切していないと思ってたり、そのように思い込もうとしたりしがちであるが、実は高校受験が無い私立中高一貫校の方が部活動も盛んだったりもする。また、公立中のクラブ活動は、地域の子供の非行防止管理としての隠れた狙いがあり、子供の能力や可能性を伸ばそうとする意図はあまりない。そして、公立中の部活動は、公立中の生徒の価値観を同質化、単純化させる作用を果たしており、公立中の文化的素養を貧困にする主要因となっている。
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