育児・教育ジャーナリストおおたとしまさの中学受験 心すっきり相談室 vol.22
Q.息子が希望した受験でしたが不合格。これを最良の糧にするにはどうしたら?
長かった中学受験生活が昨日終わりました。憧れ続けた学校に3回チャレンジして3回共ダメでした。昨晩の発表で息子と大泣きして、たくさんたくさん褒めたつもりです。
もともと、中学受験には反対だった私は、息子のどうしてもやりたいと言う言葉に流されるままに受験生活を始め、息子の行きたい学校がどんなところなのかを調べる所から始まりました。知るにつれて本当にいい学校だと思い、息子と頑張ろうと決意しましたが、田舎育ちの私には、小学生が夜遅くまで塾に行ったり、夏休みやお正月もなしで勉強するのは本当に子どもにとっていいことなんだろうかと、迷ったままの生活でしたので、サッカーも辞めず、塾にも入ったけど怖い先生のプレッシャーで円形脱毛症になったり腹痛を訴えるようになった息子に、受験はやめようと何度も言ってしまいました。
夏休みもお正月も特訓には行かせず、他の受験生に比べたらゆるい受験生だったのだと思います。無理のないように、と家庭教師の先生だけで挑んでしまったのです。結果、全て3回共不合格。大泣きして「僕はあの学校に行きたかった」と言った息子を見て初めて、私が甘かったんだと思い知りました。
息子は気持ちを切り替えて学校に行きましたが、親の私はまだ切り替えることができず、自分の力不足だと理解しつつも、受験にはノータッチなのに勉強しろと言うばかりの主人や、全部落ちたなんて恥ずかしくて誰にも言えないわと息子に言い放った義母への悔しさがあり、涙が止まりません。
でもこれを息子の最良の糧にするためには高校受験で息子の望む学校に行かせてあげられるよう、私がサポートしなければ、と思い直しました。高校受験で今から母親ができること、子どもに何をさせればいいのか、中学での勉強の仕方など、教えていただきたいです。息子はサッカー部に入りますので、塾にはたくさん通えないと思います。通信教育や、週末だけでも塾に通うべきか、など教えてください。(ドロップ)
A.不合格は結果の一部でしかありません。受験体験で何を得たか、ゆっくり考えてみて。高校受験はそれからでも遅くない
中学受験、お疲れさまでした。
お母さまが中学受験に反対だったのに、自分の意志で「やりたい!」と言って、最後までやりきった息子さんは立派ですね。きっと愛情をたっぷり注がれて、心豊かに育ったのでしょうね。
そして、ドロップさんは、やさしいお母さまなのですね。そして周りに振り回されない強さもお持ちだと思います。子どもの限界を超えてまで勉強をさせてしまう親も多いというのに、息子さんのそのときそのときの気持ちを第一に考えて、無理をさせずに中学受験に臨んだのですものね。それもひとつの中学受験のあり方じゃないかと、私は思います。
子育てには「優しさ」も「厳しさ」も両方必要ですね。どこで「優しさ」を優先すべきで、どこで「厳しさ」を持ち出すべきなのか、毎回とても難しい判断です。親にとっての中学受験は、そのバランス感覚を試される機会でもあります。
第一志望に合格できるのはごく一握り。大多数の親子が、多かれ少なかれ、反省や後悔を胸に中学受験を終えます。みんな、「あのときもっとああしていれば……」と思う部分は、あるはずです。でもそれこそ、中学受験という機会を通して、親子が与えられた今後の課題ではないかと思います。それを得られたこと自体、かけがえのないことなのです。
その反省点を、「私が甘かったんだ」と素直に認められるところもドロップさんの強さだと思います。
実際のところ、今回の結果は、さまざまな要因の結果であって、ドロップさんの甘さだけが原因ではないだろうと私は思います。息子さんは円形脱毛症になったり、腹痛を訴えたりしていたわけですから、それ以上にやり過ぎれば危険だったかもしれません。
ドロップさんが、自分の満足のために、子どもを追い込んで勉強させていたら、それこそ親子にとって何かもっと大切なものを失っていたかもしれません。「甘かった」とはおっしゃいますが、ドロップさんがお子さんのことをいちばんに考えたからこその決断であれば、それが最善の策だったのではないでしょうか。
外野がごちゃごちゃ言っていても気にしないでください。まわりに振り回されず、お子さんのことを第一に考えることのできるドロップさんの長所を、今こそ活かしてください。今こそ、息子さんのことを一番に考えて、息子さんを守る楯になってあげてください。ただし、批判を打ち返す鉄の壁になるのではなく、批判を受け止める緩衝材になってあげるくらいの気持ちがいいのではないかと思います。そうすれば、ごちゃごちゃ言う人たちも皆、最終的には味方でいてくれるはずです。
不合格という結果は、親子の中学受験体験の結果のごく一部でしかありません。中学受験という選択を通して、ほかに、親子がどんな結果を得たのか、しばらくゆっくり考えてみてもいいのではないでしょうか。中学受験という選択をしていなければ得られなかった、たくさんの宝物を得ているはずです。反省点ですら糧になります。高校受験のことを考えるのは、それからでも遅くないと思います。
最近私の中には、教育について学べば学ぶほど、確信に近くなっていくものがあります。「結局親は無力である」ということです。中学受験の会場にわが子を送り出したときの気持ちを思いだしてください。「がんばって」と祈ることしかできませんでしたよね。結局、子育てって、そういうものなのだろうと思います。そうやって不安な気持ちでいっぱいになりながら、子どもの背中を見守るというのが、子育てであり、そのこと自体がこの上なく幸せなことなのではないかと思うのです。そのことを強く実感できるのも、中学受験という機会がもたらす宝物だろうと私は思っています。
親は、心の中ではいつもオロオロしながら、顔ではいつも堂々と笑っている。そうしてあげることしかできないのではないかと、最近つくづく思うのです。そうすれば、子どもはいつか、自分の足で立ち上がり、「もう大丈夫」といって、親元を巣立っていってくれるのではないでしょうか。
「その瞬間」がいつかやってくるのなら、途中でどんな回り道をしても、どんな悔しい思いをしても、たくさんの反省点があったとしても、子育てはすべて「結果オーライ!」なのではないでしょうか。
息子さんに、素晴らしい中学校生活が待っていることを、心よりお祈りいたします。そこでしか得られなかったであろう出会いや経験が必ず待っているはずです。きっとそれが神様からの贈り物です。それを見逃さないように、中学生活の毎日を大切に過ごしてください。